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第6話 嘘つきは困難の始まり

屋敷の外観にふさわしい豪華な内装の玄関ホールから、これまた豪華な廊下を抜け、結構な距離を歩き、カミラは図書館のような部屋に通された。

厳密に言えば、とても部屋と言い表せられるような規模ではなく、大きく広い空間である。3階まで吹き抜けをぶち抜いてあり、おびただしい数の本が壁の書棚に収まっている。もちろん1階部分にも本棚がずらりとならんでいて、その中身はぎゅうぎゅうに詰まっていた。

部屋の一番奥の方に大きな執務机が置かれており、机の上には紙の束に埋もれそうなコンピューターのモニターが3台置いてあった。
そばには業務用コピー機もある。何に使うのかよくわからない金属製の実験器具や、明らかに魔法の道具っぽい形状をしたものがその近くのスチールの棚や別の大きな木の机の上に並べられてはいたが、それに対してカミラは、随分と近代的だなと思った。

ヒンウィルム魔法学院にいた頃は、完全にファンタジーの世界に迷い込んでしまったと思う程度には、地球側っぽい近代の物を見かけることがなかった。流石に寮内にもなれば新しいものが好きな生徒が持ち込んだ電子機器を稀に見ることもあったが、稀である。

魔法学院という名の通り、魔法を使えるものしかそこには居ないのだ。みんな生活に魔法を使うので、電気や家電といったものをほぼほぼ必要としていないのである。
そして、魔法学院に子どもを通わせられる程度の財力がある魔法使いの親は、おおよそ政府の官僚か研究員だ。

彼らが必ずしも親地球はであるとは限らないし、体感7割は古い体制を好む保守派だ。嫌々お勤めを果たしに来た者ばかりではあるが、彼らは異界側では非常に優秀らしい。魔法島に数年赴任し、そこから中央に戻って出世するルートがあると小耳に挟んだことがある。
エリートの子どもは選民意識を抱えたクソ生意気で排他主義のボケナス共であったが、それなりにお勉強が出来る側なのだ。

ヒンウィルム魔法学院は異界からみても高度な教育をやっているらしかった。
まあ、天才児のカミラ・ウッドヴァインには到底見合ったレベルの教育ではなかったのだが。

地球の現代文明に慣れきったカミラは、様々なアナログ的手法に「効率が悪い」とさんざっぱら腹を立てていたが、ここではあまり気兼ねしなくても良いのかもしれないと思った。

書棚の群を超えてジェイミーが奥へ奥へと進んでいくのについていくと、談話スペースらしき場所が現れた。木製のローテーブルを挟んで、ベルベットのソファーが並んでいる。

「……座ってもらって」
「失礼します」
カミラは勧められるままソファーに座り、ジェイミーも向かい側の席にぽすんと座った。

「あー……何から聞けばいいかな。まずは自己紹介してもらってもいい?」
カミラはこの質問に対して、これから面接がはじまるのだと思った。
「ヒンウィルム魔法学院中等部1年。カミラ・ウッドヴァインと申します。生まれはイギリスで、祖父が魔法族です。両親は非魔法族で、隔世遺伝……とでもいいましょうか。孫の私に魔法の素養が受け継がれてしまい、こちらに留学する運びとなりました。魔法基礎概論Ⅲ、魔法実技Ⅲまでの範囲は既に履修を済ませており、そこから更に発展した授業を取らせていただきたいと、担当教諭に嘆願したのですが、高等部を飛ばして大学院の授業課程を取るための制度が存在していない為、今回はこのような便宜を図って頂いております。ご高名であるスプラウトヴァージュ先生にご指導いただける事、誠に感謝しています」
眼前の少女が質問に対してすらすらとしっかり答える様を見て、気圧されたジェイミーは半分くらいパニックになっていた。正常な判断能力が、霧の向こうに隠れていくのが分かる。

こちらも、しっかりしなくては。どうにかまともな受け答えをしなくてはと強く思ったが、どうやったらしっかり出来るのか皆目見当がつかなかった。なにせ女の子と喋るなんて、途方もない期間存在していないのである。
「アっ…、…ハイ……えと、えっとね、発展した授業って学院ではどんなことをしているのかな」
物凄く頑張ってジェイミーは質問を返すことに成功した。そして、次の自分のターンでは、早々に彼女に伝えなければいけないことを言ってしまわなければ、忘れてしまうなと思った。

「独自魔法開発や魔法具の研究が主であると聞いています。私は主に…………魔法医療や魔法薬学の方面に興味があるので、その方面での研究室に入りたいと考えていました。あとは、古代魔法への興味が少し」
「な、なるほどね…………うちは薬師の家系だから、その方面は一応、えー、恐らく教えられることがあるかと。古代魔法は何かしら蔵書にあったはず……だから確認しておくね。………………あと、その~、物凄く言いづらいんだけど…………君の授業に関して一切の準備がまだできていないんだよね。色々……様々な……事情…………があって、今日来るって知ったから…………」
ジェイミーはカミラと一切目を合わせること無く、途切れ途切れに言葉を発した。
「今日?」
「だから、君の泊まる部屋もまだ決めてないし……。まあ、部屋はいくらでもあるんだけどね……あと、夕飯も……大したものがなくて………」
「かまいません。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
カミラはスパッと鋭い語調で答える。
自分が来ることを今日知ったというのには驚いたが、この偉大な魔法使いのもとで教えを受けることができる事実を前にしては、些細なことだった。

この少女は、自分より年上だろうが年下だろうが、頭が悪そうな人間を全て見下しているクソ生意気なガキなのだが、自分よりも明らかに優秀な人間に対しての敬意は人一倍あった。

クロード・カーター校長に対して、一応は敬語を使い最低限の礼儀をわきまえるのは、彼がそこそこに功績を持ち話が通じる魔法使いだからで、その先生であり、もう既に魔法史に名を連ねる名著の作者となれば、どんなに理不尽なことを言われてもぐっと飲み込むしか無いと思っていた。自分よりも賢い者に対しては従属の姿勢をとるのである。こういう所は体育会系な思想を持っていた。

「あっ、………ごめんね本当に」

ジェイミーが消え入りそうな声でしゅんとしてしまったので、カミラは慌ててできるだけ優しげに聞こえるように声色を調整した。

「いいえ。スプラウトヴァージュ先生ほどの研究者であれば、多忙であることは私も理解できます。こちらこそ、貴重なお時間を割いていただいている身ですので。先生の著書は全て拝読させていただきました。どれも今私が学んでいる魔法理論の礎となるものばかりで……異界側の魔素と地球側の魔素に関する研究など、大変興味深く思っています。後続研究とまでとなると、まだまだ見識不足ではあるのですが、一助となることがあれば、お手伝い賜りたく存じます。本当に、私のことはお気になさらないで下さい」

カミラはこれで好印象だろうとダメ押しで柔らかく微笑んだ。

そして、キラキラとした尊敬の眼差しで微笑む彼女を前に、ジェイミーは完全にパニックになってしまっていた。

本を書いたのは母で、自分は研究をほんのちょっとだけ手伝っただけだ。それはきちんと伝えなければならないし、何なら自分は魔法を使うことが出来ない。そのことも言い出さなければいけなかったが、この期待の眼差しである。
「ぼくは著者じゃないし、魔法も使えないよ」と言ってしまうには、あまりにも輝かしく、怖い顔だった。

ジェイミーは人から失望されることが、世界中で起こるあらゆる最悪の不幸よりも、恐ろしいと思っている。

魔法が使えないおかげで、何度も様々な人に失望されては、ひどい言葉を投げかけられてきた。母は偉大な研究者で、戦功者で勲章を持っており、エルフ族で、本来ならば、この島のすべての土地を所有する名家の者だ。しかし、魔法が使えないエルフ族に……魔法族には人権がない。

母は庇ってくれるが、ただ一人の息子である自分が、何も出来ない出来損ないなのである。
だからじっと息を潜めてこの屋敷から出ていないのだ。
出会ったばかりの眼の前の聡明な少女は、どう自分のことを軽蔑するだろうか。久しぶりの人からの害意に、耐えられるだろうか。そんな恐怖心が、ジェイミーの頭の中を支配しようとしている。

しかし、今この瞬間。彼女に失望されることが今後の暮らしの安寧に繋がることを、真っ白な頭の右上に小さく残った理性が叫んでいた。叫んではいたのだが、はるか遠い霧の向こうである。一番手前にいる思考は「早く言葉を返さなきゃ!」と明瞭な声で急かしていた。

だから、ぎこちない笑顔でこう返してしまったのだ。「ありがとう」と。

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