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第5話 人見知り

ジェイミーは小さなプラスチックのモニターの前で驚愕していた。

 

このインターホンは彼が勝手に屋敷に取り付けたもので、彼の自室にのみモニターの親機がある。できるだけ誰とも顔を合わせたくないので、ドアを開ける前に相手を把握して、居留守を使うためにわざわざ設置しているのだ。

 

ちなみに魔法族が住むこの規模の屋敷では、ドアノッカー自体に魔法がかかっており、家のものに来訪者を知らせるようになっている。母親が屋敷にいる間はそれでも良いのだが、ジェイミーは魔法が使えないので今は機能していない。

 

だから備え付けたモニターをチラ見して、母の知り合いがやって来てもガン無視をきめているのだ。ひきこもりが扉を開いて唯一顔を合わせるのは、宅配便や郵便配達員のおじさんだけである。

そういえば、クロードくんが先週やってきたのにも居留守を使ったなと、はるか彼方にやった些細な記憶が呼び起こされる。あれに応対していれば、今日のような事態に陥らなかったかもしれない。

 

「お、女の子…………!?!?何考えてるんだあの人!そんなこと、一言も……」

しかし、そんな後悔はもう遅い。

暗くて不鮮明ではあるが、モニターで確認したのは声から察するに女の子だった。

 

「おいおいおいおい、年頃の女の子とひとつ屋根の下って、問題しか無いだろう。普通家に住まわせるなら男の子だと思うって!……母さんは、ぼくの事をいくつだと思ってるんだ? 人間換算して、ティーンの男の子と精神年齢が変わらないんだぞ。なにか間違いがあったらどうするんだよ。いや、起こすつもりはないけど。万に一つも起こすつもりはないけれどさあ!」

ジェイミーは混乱する頭を落ち着けるために、部屋の中を高速でぐるぐる歩き回る。自分のしっぽを追い回す、ストレス過多の犬のようだった。

「どどどどどないしょ………来ちゃったから出るしか無いんですが?……………エッ……ア~…………困っ………うぐぐ」

どうにか自分を落ち着けようとしたが、どうにもならないので、勢いの付いた足のまま部屋を出た。自室は玄関から遠いので、たどり着くまでに思考をまとめるしか無い。

 

「ていうか、同年代の男の子とふたり暮らしなんて嫌でしょ。逆に出て行ってもらう口実になる? そうだ。きっと。全然準備とかしてないし。急すぎて今日泊まる部屋すら掃除できてないもんね。冷たくしたら、出てってくれるよ……大丈夫大丈夫……しばらくの辛抱だし。ぼくが教えることとか、無いもんね。優秀な子なら、すぐに気づいて先生を変えてくれと言うでしょう。クロードくんと一緒なら、きっと何か問題があってここに来たんだろうし……彼も最初は結構尖ってたもんな…………あっ、へ、変な子だったら、嫌だな…………困るな……大丈夫じゃないかもしれないな…………」

長年の引きこもりで培われた独り言を、ボソボソと呟きながらとうとう玄関ホールまで来てしまい、彼は扉を前に立ち止まる。

 

そして声にならない声を上げて頭をワシャワシャかき乱した。

 

いざここまで来ると、信じられないほど心臓が早鐘をうっている。だめかもしれない。つらくなってきた。座り込んで3時間くらいぼーっとしたいし、そのまま横になって冷たい床の上で意識を失いたい。彼女が来なかったことにして、変わり映えの無い毎日が続いてくれたらどんなに幸福な事か!

 

ドアを凝視しながらジェイミーはそう思い、体を動かす方法がわからなくなってしまいそうだった。

 

「す、すみませーん……!」

少女の声にビックリして、心臓が止まってしまったかと思った。

「ッア、いま、あけます!」

しかし反射で声を上げてしまったので、扉を開くしか無い。

ジェイミーは人を待たせているのである。

古い上に重いだけで、使い勝手の悪い木の扉の前に立ち、古い金属のドアノブを掴む。彼はできるだけそうろっと、扉を開いた。


 

外の世界はもうすっかり日が暮れて、暗闇に全ての輪郭が溶け込もうとしている。玄関ポーチの灯りをつけ忘れていたので、ドアの隙間から射す室内の眩い光に彼女は照らされた。

 

ジェイミーは彼女を見上げ、一目見た瞬間に思った。可愛いと。

少し緊張に顔を強ばらせてはいたが、とても顔が整っている。つり目気味で意志の強そうな瞳と、ブロンドの髪を耳のあたりで二つくくりにしているのが印象的だった。米国のハイスクールの中で、チアガールでもしていそうな顔とスタイルなのに、野暮ったいメガネと、年にしてはお堅い服を着ているのがなんだか少しアンバランスだ。幼さを残した顔は、あと5年も経てば、仕事のできる大人の女性の様相にピッタリはまるようになるだろう。

 

ジェイミーは彼女が、真面目な子なのかもしれないと思った。

 

「はじめまして。カミラ・ウッドヴァインと申します」

知性を感じさせるような、落ち着いたトーンの声だった。やはり、誠実で真面目そうな子だとジェイミーは思った。

カミラは彼の後ろの方に一瞬目線を動かしはしたが、探るような目で彼を見つめている。

 

ジェイミーはその射抜くような強い眼力に耐えきれず、目を逸らした。

そして、とても小さな声で「ス、スプラウトヴァージュです。どうも」と返した。

「……!」

カミラはつい余計な言葉を発しそうになったが、同時に彼の赤い髪から覗く耳の形状に気づき、既のところで押し黙る。

そして、もう一度その耳をじっと見てから言葉を選んだ。

 

「本日よりお世話になります。校長からの紹介状です。お目通しください」

少し屈んで、カミラはジェイミーに紹介状を差し出した。

 

「あっ、これはどうも……」

彼女に視線を合わせず、爪に泥が入ったままの小さな手が、封筒を受け取る。

ジェイミーが封筒をその場で開いて中身に目を通し始めたので、カミラは黙ってその様子を眺めながらこう思っていた。

 

年齢の察しが一切つかないと。

 

異界に存在すると書物での確認はしていたが、エルフと出会うのは初めてなので、この自分と同い年くらい。いや、もう2つ3つは年下の容貌をした彼が、いったいどれだけの年月を過ごしてきたのか皆目検討がつかなかった。

 

てっきり出てくるのならば、使用人か、老人だと思っていたので、これには面食らった。名前を聞いて、孫が出てきたのかと思った。

随分と緊張して怯えているような顔をしているし、背も小さくて、小動物然としている。服装だって、貴族らしい高級なものを纏っているわけでもなく、よれよれのシャツに、デニムのオーバーオールだ。サイズが体にあっていないようで、ズボンの裾が地面について泥だらけである。ついさっきまで、お外で遊んでいましたとでも言いたげな格好だ。

 

こんなにちんまい子どもが出てくるなど、誰が予想できるものか。

 

だからカミラは「あなたは、おいくつなのですか?」と口から漏れそうになるのを、ぐっと喉の奥に押しやり、飲み込んだ。

こういったことを率直に聞いてしまうのは、エルフにとって失礼に当たる。本にそう書いてあった。言うべきではない。

できるだけ、好印象を残したい。初対面の印象は大事だというし。

「えっと、確認したから。うん、そうだな……ついてきて……荷物は後で運ぶから、そこに置いて」

手紙の中身を読み終わったジェイミーは、とりあえず彼女を玄関から移動させようと手招いた。

「……! はい!」

カミラはできるだけ元気な声で返事をし、彼が先導していく後ろをついていくことにした。

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