第12話 杖職人
門を通り抜けると、ぐにゃりと一瞬視界が歪む。
再び正常な鮮明さが眼前に戻ってくると、そこは街だった。
全ての建物が古めかしい石作りで、ここがメインストリートなのだろう。1階の店舗にはショーウィンドウが並んでいる。
雑貨屋や、服屋、書店らしきものが多く、食糧品を扱っているのは、パン屋くらいのものだった。
広く取られた道幅の中、特段賑わっている様子はなくまばらに人が居た。
どの人も普通の人と言った感じで、道の端には犬を連れたおばさんが3人集まって談笑している。田舎の街を更に質素にして、少し時代を遡ったような感じである。
魔法学院のある街はもっと栄えていた。あちらのほうが随分と都会だったのだなとカミラは思った。
「平日の昼間だから空いてるね」
ジェイミーはコートについたフードの紐をいじりながら言った。出来るならば、フードを被って耳を隠してしまいたかったがぐっと堪える。
「どうしてこんな風に街に入る仕組みがあるんですか?」
「古龍の襲撃が激しい地域の名残り。街の敷地全体に結界を張って、正しい出入口からしか認識できず、入れないようになってるんだ。街自体を隠してしまおうって算段」
彼は少し考えたあと、耳にかかった長い髪を耳が隠れるようになおして先へ進んだ。
「この島が地球に転移してきたのって、もしかして……」
人の居ない路地の方に入っていくジェイミーに、カミラはついて行く。
「そういう街が多かったから、軍事転用しやすいという理由が主。この地域は元々島じゃなくて、半島の先の方だったんだよ。それをくり抜いて持ってきたのさ。だいぶ昔のお話だけどね。北と東の方の結界はみんな壊れちゃったから機能してないの。あるのは西に少しと南の方」
「南って、人住んでるんですか?」
「そりゃあ少しくらいはいるよ。ほとんど山だけど」
つかつかと早足で路地の奥へ奥へと潜り込んでいく。大通りに出てもすぐに、狭い道へ。そうしていると、入り組んだ路地の1番奥の行き止まり。ドアがあるだけのレンガ造りの建物が現れる。
看板も何も無いそこに、ジェイミーは躊躇せずドアを叩いた。
「ユアン! 居るんだろ! 開けてくれ」
しばらくドアをドンドン叩いていると、「喧しい! 今日は休みだぞ!」という怒号とともに扉が開いた。
扉の奥から顔を出したのは、初老の男だった。足が悪いのか杖をついていて、白髪混じりの黒髪を後ろでひとつに括っている。目の下には酷いクマがあり、痩せ型だ。
とても目付きが悪く、人が良さそうだとは到底思えなかった。
「やあ。御機嫌ようユアン。随分と老けたね」
「ボン……来るなら来ると連絡くらい……材料の仕入れならまだ当分ストックが……」
ユアンと呼ばれた男は眠そうに自分の後頭部をバシバシ叩いた。
ジェイミーとは旧知の仲といった様子で、だらしない様子を隠そうともしない。
「杖を買いに来た」
「!!ついに!」
魔法が使えるようになったのか!と言い出しそうな彼を遮って、「ぼくのじゃないよ!」とジェイミーは素早く声を張り上げた。
それに少し落胆した目をしたユアンは、ジェイミーの後ろにいる少女を品定めするように睨めつける。
「……彼女のものを?」
「そう! 一応、弟子なんだ。君の作品に見合うだけの実力はある」
「ほう。この私の作品に見合うとは如何ほどか。そこまで言うのならば、お手並み拝見といきますよ」
ユアンは右手でついた杖を地面にコツンとならすと、魔法を展開し突然カミラに向かって紫色の閃光を放った。
カミラは一瞬それに驚いたが、危険を察知した脳は無意識に体内の魔力を全身から放出し、バリアのようなイメージを頭の中に展開する。
周囲に敵を作りやすいカミラが魔法で奇襲を受けるのは、1度や2度の話ではない。杖無しで使えるように、防護魔法だけは徹底して訓練してあるのだ。
「はっ……!」
短く息を吸って止めると、透明な壁がカミラの半径1m以内に発生し、空気を押しのけ小さな風を起こす。
キィイイイン!と大きな音を立て紫の閃光はそれに当たった。
――弾速の遅さの割には、術の威力が高い!並の魔法じゃないな
閃光は火花を散らし防御魔法の壁をねじ開けようとしたが、カミラが魔力放出をして更にバリアを強固なものにする。
相手の攻撃魔法の威力を緩めるには一度障壁に別の魔法を走らせて中和するのが一番だったが、杖なしの今ではそんな高度な事はできない。魔法は弾かれて壁に激突し、焦げ跡を残しながら霧散して消えた。
危機一髪。
どっと緊張が緩み汗が吹き出すと同時に、カミラは頭に血が上り声を荒らげた。
「何ッすんだこのクソジジイ!!!! 杖屋にくる人間が、どうして杖を欲しているか分かるか!? 杖が壊れているか、杖を持っていないからだ! エグい魔法使いやがって! 当たったらどうする! こちとら客だぞ!」
自分の顔を指さしながら、ぜえはあと呼吸した。杖無しで魔法を使うと、魔力消費が尋常ではない。
クソジジイと呼ばれた老人はジェイミーの方をまじまじと1度見て、またカミラの方を見ると盛大に吹き出して笑った。
「ははっ、威勢がいいな。とんだ弟子だ」
「おいジジイ、貴様!」
ドカドカ歩いてユアンに詰め寄るカミラを見て、ジェイミーは「君って存外……」とこぼした。
それにカミラはしまった!と言う顔をする。
それを見てまたユアンは大きな口を開けて笑い続け、手を叩いた。
「ははははは、ボンの前では猫を被っていたのか! こりゃ傑作」
「なっ……! ぐ……!!」
それにカミラは顔を赤くして、いけ好かないジジイを睨みつける。
恐らくコイツが杖職人だ。あまり失礼な態度は取れない。
だが、ムカつく! 初対面の人間になんて態度だ!
自分の物言いはすべて棚に上げてカミラは怒っていた。
「ユアン、からかうなよ。いい年してガキ臭いことするな。そんなだから孫にじいじ大嫌いって言われるんだぞ」
ジェイミーは呆れながらユアンを小突く。
「もう孫も成人したわい。いつの話をほじくり返すか」
「えっ、もうそんなに経つ?」
「先生、何なんですかこの人は」
カミラは落ち着きを取り戻そうと頑張って、いつもの猫かぶりに戻ろうとする。中々上昇した体温は下がらず、顔が熱かった。
「この島……というか、多分世界で一番腕の良い杖職人だよ。こんなヤツでもね」
「有り余る評価でございますとも。ジェイミー坊っちゃん」
嫌味な口調でまだ口の端に笑みを残しながら、ユアンは喋る。
「はあ……早く店を開けてもらえるかな」
「はいはい。奥へどうぞ」
暗い室内へ杖を振り、ユアンはあかりを灯す。
通された場所は宝石店のようだった。ガラスのケースの中には、細工の凝った杖が均等に並べてある。大きなガラス棚の中には人の背丈ほどの大きな杖も収められていて、全てが厳重に盗難防止の魔法がかけてあった。棚に魔法石がはめ込まれているので、自動で発動するのだろう。普通の魔法用具店のような雑多な様子はない。
高級店といった出で立ちにカミラは慣れず、少し居心地が悪かった。
ユアンはカウンターの前にある商談スペースへ二人を案内する。これもまた凝った彫刻の入った大理石のテーブルに、座り心地の良さそうな椅子だ。座るように促されたので、二人は横に並んで座った。
「紅茶とコーヒーどちらがお好みで?」
「ぼくは紅茶で。きみは?」
「私も同じで……」
多少不貞腐れた声でカミラは返す。
「少々お待ちを。なにぶん今日は従業員が居ないものでね」
くつくつと笑い、彼はカウンターの奥に引っ込んだ。
少しの間があり、魔法で盆を浮かせながらティーセットを持ってきて、慣れた手付きで二人の前にお茶を出した。
向かいの席に座ると、ユアンは口を開く。
「さて。見た所お嬢ちゃんは魔力の体内貯蔵が桁外れのようだが。今回はどの様な杖をお探しで?」
カミラはどうしたら良いのかわからないので、ジェイミーの方を見る。
ジェイミーはそれを受けて口を開いた。
「まず、出来うるだけ丈夫なものを。魔力が多いから高出力高負荷の状況下で、杖側が耐えられなければ、今後困ると思うんだ。魔力操作に長けているはずだから、繊細な扱いに向いているものも良いかもしれない」
「真逆の性質のオーダーですな」
「分かって言ってるよ。でもあるだろ。きみの工房なら。杖の操作性でどちらかの素養を捨てるには勿体ない」
カミラはジェイミーの前で魔法を殆ど使っていないのに、自分の特徴を把握されていて驚いていた。
初日に簡単な魔法をいくらか見せてから、「カリキュラムを考えるから」と休みを与えられていたので、授業らしい授業はまだ行っていない。たったあれだけで分かるものなのだろうか。
「今あるものを出して来てもいいが、他に要望は?」
ユアンはカミラの方を向いて尋ねた。
「……特には」
「10本程頭に候補があるが、まあ出してくるのに少し時間がかかる。お茶でも飲みながら待っていてくれ」
彼は席を立つと、またカウンターの奥に引っ込んでしまった。
これから自分の杖になるのは、一体どんな品なのだろう。カミラは少しワクワクしていた。