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第13話 新しい杖

ユアンが帰ってくるのを待ちながら、カミラはジェイミーに尋ねた。

「あの人、一体何なんですか?」

「ごめんね。本当に変な奴で……。クロードくん……きみの学院の校長先生の同期でね。変わった子なんだ。年取っても変わんないねえ」

「同期……納得です」

「もうそれは手が付けられない子達だったんだけど、まあ立派になっちゃって」

「世界一の杖職人というのは本当ですか?」

「ぼくの母が言うには、だけどね。でも実際のところ本国の重役から重用されてる杖職人には、名を連ねていたよ。彼が30そこらの時じゃなかったかな。キャリアをぶん投げて自分が好きな凝ったものしか作らなくなってからは、マニア御用達というか、オーダーメイドが多くなったね。個人カスタムにおいて、彼の右に出る者はいないと思う」

「おや、随分と褒めてくれているようで。恐悦至極に存じます」

ユアンがいくつも木製の箱を、魔法で浮かせながらやってきた。ひときわ大きなものはカミラの背丈と同じくらいある。

 

「これだけしかありませんでしたよ」

「充分じゃない?」

ジェイミーがそう言うのを横目に、ユアンは机の上に大小様々な箱を置いた。そしてひときわ大きな箱は床に置いた。

彼は箱の蓋を全て開ける前に、「直感で選んでご覧」と言った。

カミラはそれに対して聞き返す。

「直感?」

「結局悩んでも、直感で最初に選んだものをみんな買っていくのでね。好きな箱を開けてご覧なさい」

「じゃあこれ」

カミラは迷わず自分の背丈ほどある木箱を指さした。

 

「ほう、大胆な選択だ」

ユアンはよいしょと緩慢な動きでかがみ、箱の鍵を開けた。

中には木製の大きな杖が入っていた。

全長160cm程度の長さで、全体的な印象を言うとすれば、洋館にある階段の手すりの柱を縦に引き伸ばしたような杖だった。ヘッドの部分には大きなルビーのような魔法石が付いている。

箱から出して持ってみると、丁寧に研磨された木材が滑らかでよく手に馴染んだ。思っていたよりもずっと軽い。

 

「魔力を流してみても?」

「どうぞ」

体の魔力の流れを杖に通すと、驚くほどスムーズに循環した。魔力に反応して赤の魔法石が淡く光る。

「大量の魔力を流すにあたって太い回路を作るには、単純に出力先を大きくすればいいだろうというコンセプト……ですか?」

一応と言った感じで敬語を付けて、ユアンに聞く。

「それは前提に過ぎない。従来の大きなサイズの杖では、やはり持ち歩きに不便な所がネックだ。私のような年寄りでもない限り、携帯性が担保されないのはナンセンス。上の方の飾り……そう。魔法石の上のところだ。そこを右に回して」

言われるままにそうすると、杖が一瞬淡く光り30cm程の大きさに変形した。

「杖の残留魔力を有効活用しているので、新たに縮小魔法をかけなくていい所が最大の拘りだ。元の大きさと同じように魔法の出力が可能かと言われれば、最大限努力したとは言っておく。小型化した時点では12%程出力が落ちるが、縮小魔法を単純にかけた状態と比べると、雲泥の差であることは理解していただけるだろう。ケースバイケースで使い分けてもらうのが理想だ。出力先が大きい点については、高純度の魔法石で精密動作を可能に調整してある。より精密な魔力操作をしたい場合、結果的に出力が落ちる過程で小型のほうが安定しやすい。杖に乗っての飛行も可能。ああ、早々壊れない強度は保証するぞ。そこらのオリハルコンより硬い」

ユアンはそうまくしたてあげると、満足気な顔をした。

「成程。興味深い」

 

カミラはそれを聞いて、別の箱を開けるよう促した。

次に出てきたのは長さが25cm程度の標準的な大きさの杖。白い骨のような材質……厳密には骨では無く魔法生物の角らしい。石はついていない。

ユアンが先程と同じように長いプレゼンをするのを聞き、カミラはまた別の箱を開けるように言う。

 

2人は全ての箱を開けるまで一通りやり取りし、ジェイミーはものすごく眠たいので途中で寝てしまった。

椅子にもたれすぴすぴと鼻息を立てている彼には一切気づかず、ユアンとカミラの質疑応答は苛烈さをましていく。

そしてユアンは居てもたっても居られないという様子で、カミラをカウンターの奥に連れていき、嬉々として杖をつくる工房の作業場を見せた。

普段は客を入れるような場所ではない。

 

カミラの魔法力と相性のいい魔石と素材、適切な魔力回路の太さ云々を早口で喋りながら、話が脇に逸れ制作中の杖のコンセプトにまで話題が飛躍した。

様々な材料を見せられ、どんな効能があるのかを捲し立てあげられる。

その喋りにやや圧倒されながらも、カミラは持てる知識をフル活用して解釈し都度適切な質問を投げかけた。

自分の専門外の知識を持っている人と喋っている時は、いつも心が躍る。

しばらく魔法についての話題に花を咲かせていたが、ユアンは真剣な顔でカミラに向き合った。

 

「ウッドヴァインくん。君は充分素養がある。うちで働かないか?」

「申し訳ないが、カスみたいな制度のせいで、魔法中等教育修了証をまだ貰える段階に至っていない。それと、私には別の夢があるので辞退する」

「残念だ……君ほど話がわかる若者がいれば、将来は明るいというのに」

ユアンはがっくりと肩を落とした。

それを見てカミラは「はは」と笑いが溢れた。最初は何だこのクソジジイはと思ったが、話してみれば自分と同類の探求者だ。

 

「そうだ。杖なんだけども、結局一番最初の一番大きなヤツがいい」

「了解。微調整するから持ってこよう」

しばらくして、ユアンが杖を持って歩いてくると、後ろには眠たげに目をこすりながらついてくるジェイミーが居た。

「ユアンと仲良くなったみたいだね」

「はい。興味深いお話を沢山してもらいました」

「よかったねえ」

大きな欠伸を一つすると、ジェイミーは工房の椅子にまた座り、うつらうつらとし始めた。ここからがまた長いことを知っているからだ。

 

「ウッドヴァインくんは魔法の原理を、勿論理解しているだろうな?」

「動物が体内で生成し貯蔵した魔力と、大気中の魔力を接点……人間は杖などの補助具を使い結合させる。その反応で魔法が行使されるに至る。発動条件はイメージを如何に頭の中で明確に描くことができるかである。知能が高いものほど魔法の行使に長ける傾向があるため、魔法を行使できる生物は一定以上の知能がある」

「教科書の文言そのまま。実によろしい。杖の重要性というのは、個々人の魔力を大気中の魔力と結合させ、チューニングを行う点にある。君の魔力というのはノヴレッジの魔法使いと少々異なるので、魔法石の方を少し入れ替えた方がいい。ちなみに出身は?」

「……英国。両親は非魔法使いの地球人。祖父が戦後ノヴレッジからこっちにやってきたが、魔法障害者というものだったらしく、魔法自体は使えなかったと聞いている」

「魔障からの隔世遺伝か。やはり魔力の体内貯蔵が肥大化する傾向にある。なるほど」

魔法石が大量に収められた棚から、大きな紫色のものをいくつか選びながらユアンは独り言のように呟いた。

「似たケースってやっぱりあるのか?」

「そりゃ見かけることは少ないが、杖職人なら魔法を使っているところを見れば分かる」

「……具体的にどういう風に違うんだ。私の魔法と、そっちの魔法は」

「ウッドヴァインくんの魔力はこちらの大気中の魔力との結合がしやすい。速度も量もノヴレッジの者よりも3~5倍は。それに加えて魔力のストックが多いとなれば、化け物じみた出力になるだろうよ」

「へえ。だからみんなあんなに魔法がしょぼいのか。混血の特権だな」

 

ユアンは杖に対して魔法石を一つ一つあて、大きさのバランスが一番良いものを元の赤い石と入れ替えた。

「うちは代々杖職人の家系なんだがな、魔法島転移以前に、ここの大地を踏まされている。どうしてか分かるか?」

「異界人がこちらで魔法を使うための杖の開発をしたかったから?」

「頭の回転が早くて助かる。こっちの大気中の魔力に杖の性能を合わせにゃならんかった。だから本国で使う魔法よりも、ほんの少しこちらでの魔法は劣るんだ」

「そんなのどの本でも読んだことがない。初耳だ」

「そりゃ都合が悪いことは隠すだろう。お上が異界人が地球人と結婚させたがらない、または地球人が異界人と結婚したがらないように仕向けているのはな、自分たちの種族よりも魔法力に秀でた個体が出現すると、問題になるからだ。混血が少ないうちはどうにかなるだろうが、これから増えて第三勢力としてそいつらが結託でもしてみろ。革命が起こるぞ。私にとっちゃ、もっと強い杖をつくる口実になるので、願ったり叶ったりだが」

ユアンは魔法石を収めている杖の台座を魔法でいじって変形させ、しっかりと固定した。

 

「ほれ、これで1回魔力流してみろ」

渡された杖に魔力を流すと、先程よりも安定していると感じた。自分の体の一部のようだ。

「すごい……」

「そりゃあ世界一の杖職人の、最高傑作だからな。坊っちゃん! 終わったぞ」

ジェイミーは肩を揺らされて、起こされた。

「やっとか……代金は?」

ユアンは作業台の上の紙束を持ってきてガサゴソと探すと、目当ての一枚を見つけ、少し申し訳無さそうにジェイミーに差し出した。

ジェイミーは受け取った紙を見て眉間にしわを寄せた。

 

「この額の2倍払う。値付けが雑なんだよきみは」

「そんなわけにはいかん!」

ユアンは強くそう言ったが、ジェイミーは怯むことはない。

「技術に対する報酬をケチるほど、貧乏人じゃないんでね。あと休日対応も込みだと思ってくれれば。後日振り込むから契約書さっさと出して」

「2倍は貰い過ぎだ!」

「終わったなら、早く帰りたいんだけど。これ以上駄々をこねるようなら、また母さんを呼ぶがいいのか?」

「チッ………………仕方がない。ありがたく頂戴致します」

ユアンは苦虫を噛み潰したような顔で承諾した。

ジェイミーの母とは大変長い付き合いがあり、ユアンは一方的に彼女に対して苦手意識があった。店に来ると厄介なのである。いくら友人の母とはいえ、学生時代に大変迷惑をかけたとはいえど、本当に会いたくはなかった。

「杖は大事に使いなさい。次壊したらもっと高いの買わされるぞ」

「それは困る……」

ジェイミーはユアンが持ってきた契約書をぶんどると、サラサラと万年筆でサインをして突き返す。

「今日はありがとう。彼女にとっていい買い物になったよ」

こうして、カミラは、一級品の杖を手に入れた。

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