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第11話 妖精

ジェイミーはなんとかクローゼットの奥から、真っ白くアイロンのかかっているシャツとスラックス、毛玉のないカーディガン、ほつれや泥で汚れていない薄手のコートを発掘し、久々に腕を通した。

 

玄関ホールにやってくると、カミラがもう既に待っていた。特段おめかししている様子もなく、深い緑のコートに白いロングスカートだった。肩から小さい革のカバンを下げている。

「先生、杖ってどれくらいお金が要るんですか。銀行から下ろしてこないと、足りないかもしれません」

開口一番の言葉がそれだったので、ジェイミーは目を丸くした。

クロードくんが家に居た頃は、恐らく学用品に必要な費用は、母が全て賄っていたので今回もジェイミーはそうしてやろうと思っていた。

そうか、お金。彼女は自分で出そうとしているのか。

 

「ああ、気にしなくていいよ。そんな大した額じゃないから」

「本当に?」

カミラは疑いの目をジェイミーへ向ける。

「大丈夫大丈夫」

それを笑いながら受け流すと、玄関の扉に手をかけて外に出る。

そのまま家の門まで歩いていくのかと思いきや、屋敷の西側の庭の方へジェイミーは歩いていった。

 

「先生、門は別の方向に」

「いや、良いんだ。街に出ると時間がかかるから。このままついておいで」

ジェイミーは迷いなく庭を突き進み、やがてちいさな森の中へと足を踏み入れる。

降り積もった枯れ葉がかさかさ、しゃかしゃかと擦れ合い、踏むたびに地面がやわらかだ。まだ昼前の日差しが木々の間から差し込み、雰囲気の明るい場所だった。

甘やかな花の香りが時たま鼻をつき、異界の森は秋の色にすっかり身を包んでいた。見たことがあるようで、細部が違う植物たちが鮮やかに生い茂っている。

 

そんなとき、小さな茂みの方からカサカサと音がした。カミラが目を凝らすとサボテンのような生きものが数匹鉢ごと歩いている。頭のほうが二股に分かれていて、デフォルメされた絵のうさぎのようだった。

 

ちんまいサボテンはジェイミーのあとを付いていき「ヘミ!」だとか「メム!」と、鳴いた。子供用の音のなる靴のような声で、カミラはつい笑ってしまう。なんて間抜けな声で鳴くんだろう。

それに気づいたジェイミーは足を止める。

「何だお前たち。こんな所まで住処を広げては良いと言っていないぞ」

サボテン達はジェイミーの靴の周りに集まると、「メムメム!」と合唱した。

「ふうん。言っておくけど、迷子になって帰れなくなるのは、お前たちだからね。この先の川から流されたらもうおしまいだよ」

「ムウ!!」

間抜けな音で鳴きながら、小さきものはジェイミーの革靴に登り靴紐を引っ張る。

「コラ!! 自分たちのテリトリーに戻りなさい!……カボニャが来るよ」

ジェイミーが声を落としてそう言うと、ちんまい緑たちはワッともと来た茂みの方へトテトテ走り去ってしまった。

その様子にカミラは感心する。

 

「今のは妖精ですか?」

ジェイミーはかがんで靴紐を直しながら答える。

「ああ、うん。ラルポスカルパン。うちで養殖してる」

「ラル……」

「別名ウサギサボテン。略称でウサボ。まんまで笑っちゃう名前だよね」

その名称でピンときたカミラは、純粋に疑問を呈する。

「絶滅危惧指定種では?」

「だからうちで養殖してるんだ。一定数増やしたら毎年ノヴレッジ異界に戻してるの」

「なるほど……妖精って通常、喋れるものなんです? 私にはなにかの鳴き声にしか聞こえませんでしたが」

「普通のヒューマンは無理だと思うよ。妖精の言葉を理解できるのはエルフの特権かな」

ジェイミーは、何も特別なことではないという風に言い、立ち上がった。

「これから力を貸してもらうのも妖精だよ」

 

その言葉にカミラは驚いたが、ジェイミーは歩いて先を進んでいくので、またそれについていく形で質問を投げかける。

「妖精というのは、その、そんなに人に対して友好的だとは知りませんでした」

「君が学院で学んで知っている妖精も、もちろん妖精の分類に属するよ。極めて危険性の高いものから教えておかないと、彼らとぼくらのルールの違いから不幸な事故が起きてしまうからね。彼らは恐るるに足る存在だよ。地球側にも動物がいるでしょう。野生のものや家畜、ペット。その中にも、人と共生ができるものと出来ないものが居る。正しい知識を持って接しないといけない。そういう感覚と近いかもね」

「勉強になります」

「まあ、ここにいる子は、殆ど人に対して害を与えることは無いけど。条約で害のある子は本国に帰されるか、殺されちゃったから」

ジェイミーの声はいつもよりも少しだけ暗く、年季の入った音だった。

 

そうこうしていると、大きな黄色の葉をつけた大木が、目の前に現れる。

「わあ……」

カミラは思わず歓声を小さくあげてしまった。

大木の中心には大きな空洞が空いていて、大人がゆうに入れるほどの大きさだ。向こう側が見えている。どうやって水を吸い上げ、生命を維持しているのだろう。

風が吹いていないのに枝から離れた木の葉は、幹を中心に空中を旋回している。物凄くゆっくりと枯れ葉が地面に着地するので、そこだけ重力が歪んでいるようだった。

 

「フォリアリフト!」

大木に向かってジェイミーが話しかけると、旋回していた木の葉が地上の落ち葉と共に舞い上がり、大きな人型を模す。ゆらめいたそれは、目も鼻も口もなく、葉っぱでできた影のようだった。

それに動じること無く、「久しぶりだね」とジェイミーは続けて喋った。

「……」

相手からは、音らしきものが何も聞こえないが、彼には言葉がわかるらしい。

「長い間訪れなかったのは、申し訳ないと思っているよ。ぼく?ぼくは元気にしていたさ」

「…………」

「母さんは今は南米……遠いところに居る。でも、今度の祭りまでには帰ってくるんじゃないかなあ。そうだね。君は相変わらずなようでよかった。あとね、今日はこれを土産に持ってきたよ」

ジェイミーが鞄の中をゴソゴソと漁り、箱を取り出した。

「………」

「じゃん! 飛行機模型~! どうだい、随分と進化したでしょう!」

彼が手に持つ飛行機模型は白い航空機だった。旅行のときに乗るそれで、機体には青い色で航空会社の名前が書いてある。金属でできているようで、日光に照らされて反射したところがぴかぴかと光った。

ジェイミーの手からそれがふんわり浮くと木の葉の影は霧散し、飛行機の後ろをついていくようにまたゆっくり旋回し始める。

フォリアリフトはどうやら喜んでいるようだった。

「気に入ったみたいでよかった。すぐ壊すんじゃないよ」

 

カミラが口を開けてその様子を眺めていると、ジェイミーに手招きをされた。

「運んでくれるってさ」

「?」

「説明するよりも、体感してもらったほうが早いね。おいで」

ジェイミーは大木の空洞に入ると、カミラをひっぱって隣に立たせた。2人入ると少々窮屈だ。

「ぼくの腕掴んで」

「あっ、はい」

 

カミラがジェイミーの右腕を掴むと、周囲の景色が突然早くなり平衡感覚を失う。木の葉の舞う速度がビデオの早回しのようになった。大きなめまいのような感覚に、思わず目を閉じ彼にしがみつく。

ふっと浮いたような感覚の後、地面が微かに揺れた。

 

「着いたよ」

カミラが片目を開けると、そこは田舎道だった。四つ辻のひとつ先に大木があり、そこの空間に大木と同化した小さな遺跡が祀られている。その下に自分は立っていた。

さっきまでの森では無い。

 

「大丈夫? 気分悪い?」

「だ、大丈夫……」

カミラはジェイミーから離れ、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる。まだ頭がくらくらした。

「転移魔法なんて、そう易々と……」

「フォリアリフトは、彼らが住まう同種の木がある所なら、何処へでも運んでくれるんだよ。機嫌がいい時だけだけど」

ジェイミーは慣れた様子だ。ケロッとした顔で道を歩き始める。

 

「そんな滅茶苦茶な発動条件なんですか」

「ああ、違法じゃないからね。この木、この島にしか生えてないんだ。ぼくの庭と、ここと、あとは南の方に3本。東もいくつかあったけど、空襲と開発で無くなっちゃった」

「それは残念でしたね……」

「あの時はフォリアリフトも、カンカンに怒ってたから苦労したよ。……これから少し歩くけど大丈夫?」

「はい」

カミラとジェイミーは長閑な田舎道をのんびりと歩く。

大きな山が近くに見え、道路は土のまま舗装されておらずガタガタとして歩きにくかった。

こんなところの近くに街なんてあるんだろうか。

ジェイミーはどんどん山の方へ向かって歩いていた。

 

そうすると、雑木林の近くに、また何かの遺跡のようなものがある。何本も石の立派な柱が立ち並び、アーチ型の門が立っていた。しかしその奥になにか建造物がある訳ではなく、壊れた壁の残骸が散らばっている。

しかし、不思議と雑草は生い茂ってはいなかったし、人が頻繁に訪れているような気配がある。誰かが掃除をしているようだった。

 

彼がアーチ型の門の前に立つと、門の先の空間が歪む。

「なんの魔法か分かる?」

「……幻影魔法と空間圧縮の応用、ですか」

「現代ならそうだろうけど、もっと古い術だよ」

ジェイミーがそう言いながら門をくぐると、姿が忽然と消えてしまう。

カミラは少し迷ってから、急いで門をくぐった。

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