第9話
こうして宣言通りエミは転移魔法陣の構築で1日部屋に籠もり、次の日でてきたかと思えばしばらく城の中で姿が見えなかった。転移魔法陣を使用し、魔物狩りの腕試しをしてきたのであろう。その日の夜に、何者かによる魔法の大規模攻撃で、魔王軍と戦っている戦線が大きく前進したという報告が城中を駆け巡った。
エミに「何かやってきたの?」と聞けば「まあそうですね」と返したので、彼女の魔法の腕前が本当に桁外れであることがなんとなくわかった。和勝はエミが魔王城に乗り込んでから苦戦してしまうのではないかと気が気ではなかったが、魔王軍の被害の様子を聞くに彼女にとっては楽勝の難易度のようだ。
実際に聞いてみれば「隠密スキルで戦いはできるだけ避けていくので、魔王の居るところまでたどり着くのは楽勝ですよ」と言っていたし。その言葉を和勝は信じることにした。
そんなこんなでエミは、魔王城に乗り込む準備をいつの間にか終わらせていた。
毎度のごとく朝早くから和勝の部屋に訪れたエミは、手に袋を下げている。
「じゃじゃーん」
「なにそれ」
「勇者が着てそうな服とか勇者の剣です」
なんでそんなものを持ってきたのか和勝はよくわからずに、頭にはてなマークを浮かべていた。
「城から支給された普段着で魔王城に乗り込むのも、なんだか味気がないじゃないですか」
「エミちゃんって結構形から入るんだな」
「私も魔法使いっぽい服持ってきたので、着替えたら私の部屋に集合で。あ、着てきた制服とか鞄もちゃんと持ってきてくださいね。置いていったら帰ってから買い直す羽目になりますよ」
「わかった」
エミが用意した勇者の服に袖を通してみるとかなりそれっぽく、和勝はテンションが上った。首元のマントとか、革のロングブーツだとかが、中々西洋ファンタジーの勇者っぽい。鏡の前で嬉しくなってしまった和勝は、異世界に来てからは電波が届かずただの板と化していたスマホの電源を入れ、何枚か自撮りをした。
「かなり良いんじゃないか……?」
コスプレイヤーになるのもやぶさかではないな、と思う出来の良さだった。元々自分の顔面が整っている方である自覚はあったが、ここまでしっくり来るとは。この服を選んできたエミのセンスが光っていた。
和勝はうきうきで荷物をまとめ、廊下を歩き、エミの部屋の扉をノックする。
「はーい」
出てきたエミはフードの付いた、黒く短いケープを身にまとっていた。首元には赤いリボンがちょこんとある。ケープの下は黒の作りのしっかりした丈の長いワンピースで、腰をベルトでキュッと締めており、腰の細さでスタイルがいいのがよく分かる。もうちょっとフリフリした服を期待していた和勝は少しがっかりしたが、エミによく似合っていた。
「あ、格好良いじゃないですか。いい感じになりましたね。服のサイズとか大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよ。全然。ぴったりっていうか。選んでくれてありがとうね」
エミに格好良いと褒められて、和勝は素直に照れていた。それを見てエミはふふ、と笑う。
「じゃあ行きましょうか」
「あ、あのさ記念撮影しない?」
「記念撮影ですか?」
突然の気の抜けた提案に、エミは脱力した声が出てしまう。
「いや、ごめん。戦いに行く前に何を浮かれたことをって感じなんだけど、スマホ動くしさ……」
「まあいいですよ。こんな服着ることないですしね」
二人は和勝のスマホで何枚か写真を撮った。完璧に顔面の良い男女二人の、西洋ファンタジーコスプレ画像がスマホの中に発生した。窓から差し込む自然光と背景も相まって、スタジオで撮影したのかという出来である。
「すげーいい感じに撮れた……帰ったら写真送るね」
「なんかこういう、なにかにつけて写真撮るのちょっと普通っぽいですね」
「こんなとこにまで来て、何やってんだって感じだけどね」
「ふふ、じゃあ転移魔法陣動かすんで、こっちに来てください」
部屋のカーペットは剥がされ、大理石の床に魔法陣らしきものが書かれていた。その中心に立ったエミにならって、和勝も隣に立つ。
「万が一はぐれたら面倒なので、手繋いでおきますよ」
「あ、うん」
和勝が右手を差し出すと、エミは力強くその手を握った。
「じゃあ、行きますよ」
エミがよくわからない言語をブツブツと唱える。そうすると床の魔法陣が輝き始めた。そして二人は光りに包まれ、敵の本拠地である魔王城の中へと転移したのであった。
「あーちょっと座標ズレましたね」
少しの目眩のような感覚のあと、和勝は石畳の作りの暗くてどんよりとした廊下に立っていた。
「もう魔王城の中ってこと?」
「そうです。予定していた位置から少しズレてしまったのですが……ちょっとそのまま立っていてくださいね」
エミはまたなにかよくわからない言葉をぶつぶつと唱える。繋いだままの手をいつ離せば良いのだろうか、と思っていたら呪文を唱え終わったエミの方から離された。
「防御と隠密系の魔法をかけておきました。これで多少の攻撃は防げると思います。その前に見つからないと思いますが」
特になにか身体が変化したような感覚はなかったが、敵から見つからないというのは大きい。和勝はエミにお礼を言った。
「これから魔王が居るであろう部屋を目指します」
「場所はわかってるの?」
「ええ、もちろん」
エミは目的の場所がしっかりわかっているようで、確かな足取りで前へ進み始めた。和勝はそのあとに続く。
長い長い廊下を歩き、角を曲がり、時には部屋を通り抜けて前へ進む。薄暗く部屋の何処にも暗闇が存在している。壁にかかっている青色から紫色に色を変えながら揺らめく松明は、視界の中の全てを照らしてくれはしない。気味の悪い場所ばかりだ。イージリス王国の場内の温かな雰囲気とは打って変わって、この城は何処もかしこも冷たく暗かった。
そして不思議と敵と出会うことがなかった。
「この城、誰もいないね。もっとたくさん敵がでてきて、戦うことになるかと思ってた」
「そりゃあ正面から突入してないので、警備もザルですよ。私達が侵入していることに、気づいていませんからね。あ、止まってください」
エミが通路に出そうになった和勝を引き止めると、騎士が二人組で巡回していた。初めて見る魔族である。二人は息を殺して、見つからないように壁に張り付く。ガシャンガシャンと鎧の擦れる音が聞こえなくなるまで待つと、エミは騎士が居なくなったことを目視で確認し、先を目指して歩き始めた。
しばらく歩いていると開けた場所に出た。広い中庭のような場所が見渡せる場所で、周りに隠れられるような所はない。そこに如何にもオークのような見た目の二階建ての家ほどある巨大な魔物がいた。和勝は思わず声を上げそうになる。こんな魔物らしい形をした魔物を見たのは初めてだったので、つい驚いて声を上げそうになったのだ。
しかし、エミがとっさに手で彼の口をふさぐ。魔法を使っているのか口の中から漏れるのは息だけだった。
「流石に大声を上げると、隠密魔法でも隠し通せませんからね」
エミはしーっと口の前で指を立てた。和勝がこくこくと頷くと、彼女は和勝の口から手を離す。
「気づかれないように進みましょう」
その言葉の通りそろりそろりとその場所を越えた。
それからは階段を登り、時にはテラスへ出て、壁をよじ登り屋根伝いに窓から部屋に侵入する。城の屋根から見た魔界はおどろおどろしい見た目をしていたが、城下は栄えているようで、人間の街と同じだった。
空を旋回する小さなドラゴンのような魔物が、警備をしている。1匹がこちらに気づきやってこようとしたものの、エミが即座に魔法を放ち昏倒させた。屋根にべしゃ! と落ちた小さなドラゴンはそのまま眠り続ける。
「まあしばらくはバレないでしょう」
「なんかゲームで進む道みたいで面白いね」
和勝はこの状況に多少はドキドキしていたものの、出てくる感想は結構呑気なものだった。
「たしかにそうかもしれません」
そうやって上へ上へと城を登っていくと、とてつもなく大きな扉のある部屋の前に来た。ラスボス前の部屋という感じであちこち凝った装飾がされている。紫色の炎の松明が揺れると、廊下に並べてある良くわからない不気味なオブジェの大きな影が揺れ動く。それは中々に迫力があり、恐ろしいものだった。
このとてつもなく大きな扉を開けなければいけないのか……どうやって開けるんだろうと和勝が思っていると、エミが口を開いた。
「ここに魔王が居るはずなので、とりあえずボコしてきます。防御と隠密の魔法はかけたままなので、ここに何か来ても息を殺していれば気づかれることはありません。心配しないでください」
「一人で扉の向こうへ行く気なの」
「和勝くんが居ても人質に取られたりする可能性があるので、此処に居てください」
「……わかった」
「私が呼びに来るまで扉を開けてはいけませんからね」
お留守番をする子どもに言い聞かせるような声だった。エミはひらひらと手を振って、大きな扉を押し開けるのかと思いきや、扉の端の方にある小ちゃい扉をよいしょと開けて中に入っていった。凝った装飾がされているので気が付かなかったが、普段はここから出入りしているのだろうなと察することが出来る。
「大丈夫かなあ……」
和勝はただっ広い空間に突っ立っているのも落ち着かないので、ドアの前にあるなにかよくわからない銅像の影に隠れるように体育座りをして、エミが戦い終わるのを待つことにした。