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第7話 


次の日の朝、エミは朝早くから和勝の部屋にのこのこやってきていた。彼の部屋を勝手に魔法で解錠して、部屋の奥にある大きなベッドを見れば、まるで自分の家のように大の字になって寝ている和勝が見えた。とても幸せそうな顔で寝ている。それをしばらくじっと眺めたあと、エミは大声を出した。
「和勝くん! 起きてください!!」
多少の大声では全く彼は眠りから覚めないようだった。ベッドの真ん中で寝ている彼に手が届かないので、エミは仕方無しにベッドの上に乗り上げ彼の体を揺すって起こす。
「和勝くん、起きてください~」
しばらく揺すっていると、和勝は「ううん」だとか「うう……」と呻いてから目を開けた。
「…………?」
美少女が自分の顔を覗き込んでいる。なんで蛇塚さんが俺のことを起こしているんだ? ていうかここって何処……。
そんな事を固まって考えていると「異世界転移してきたの忘れたんですか」とすべてを見透かしたようにエミが口を開いた。
「そういえば……」
「寝ぼけてないでしっかりしてくださいよ」
「今何時」
「朝の四時です」
「なんでそんな早起きを……」
和勝は眠い目をこすった。部活の朝練がある日でもこんなに早起きはしないので、とても眠い。
「転移してきた魔法陣の確認をしたいんです。できれば誰もいない状態で。一人で行って来ようと思っているんですが、一応報告を。私が朝食までに帰ってこなかったら、適当にごまかしておいて欲しくて」
「俺も一緒に行くよ」
「貴方が来ても何も役に立たないと思うので、来なくていいです」
「寝ててもいいってこと?」
「そうです」
「わかった……」
そのまま和勝は目を閉じてしまう。
「じゃあ行ってくるんで」
「オッケー……気をつけて……」
その言葉の後にはもう寝息が聞こえてきていて、エミはよっぽど眠いんだなと微笑ましくなり、小さく笑った。自分と違って和勝は一般人だ。勇者に選ばれていたとしても、その経験を積む前のただの男子高校生なのである。無事に家に送り届けなければなと思った。
「さーて、ひと仕事してきますか」

エミは城の中の道を覚えてはいなかったので、とりあえず王に謁見した部屋を探し当ててから、魔法陣のある部屋までの道を割り出した。部屋は案の定閉ざされていたが、解錠の魔法で難なく入り込む。
「アイヴァンホーから譲り受けたって言ってたけど……」
アイヴァンホーとはイージリス王国の北側にある国で、長年イージリス王国との関係は良くなかったと記憶している。この三十二年の間に変化があったのだろう。
魔法陣はこの世界における概ね古い術式が組み合わされて作られており、分解すると3つの要素で構成されている。召喚するものを選定する機能、座標を定め転移させる機能、他の世界へ干渉する機能だ。
この魔法陣を再度利用して自分たちを逆転送することは不可能だが、術の要素自体わかればあとは自分で再構築していくだけである。
しかし、こういう世界に干渉するタイプの魔法は、人間一人の魔力量で発動できるような構造をしていない。だからこういう魔法を人間が使う際は儀式の形態を取り、複数人で術を発動させなければいけないのだ。
「まあどうにかなるでしょう」
エミは持っていた手帳に概ねの魔法陣の書き取り、スマホで写真を撮り、いくつかのメモをすると、魔法陣のある部屋を後にした。時刻は六時手前くらいだから、部屋に早くもどって寝たふりをしなければ。
いくつか廊下を過ぎ去り、角を曲がり城の中をどんどこ突き進んでいたが、どうにも自分の部屋の場所にたどり着くことが出来ない。階段を登ったり降りたりはしていないけれど、緩やかな傾斜があったのでそれで階層が変わってしまったのかもしれなかった。どうしようかな……と全く止まることはせずエミが歩き続けていると、前方に黄緑色の頭が見えた。彼女は確か召喚時にいた魔法使いのひとり。エカチェリーナだ。
「あら! おはようございますエミ様!」
エカチェリーナはエミに気づくと大きく元気に挨拶した。渡りに船である。彼女に道を聞いて部屋に戻ろう。
「おはようございます。あのう、私の部屋って何処にあるかわかりますかね?」
「こんな所でどうされたのですか?」
「早くに目が覚めたので、城の中を歩いてみようと思ったら、迷子になってしまって」
「あらまあ、それは大変でしたね! 私が案内して差し上げたいのですが、ちょっと今運ぶものが多くて」
「お手伝いしましょうか」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「何を運べばいいですか」
「ああ、ではまずこちらの方へ……」
エカチェリーナの後ろをついて歩いていくと、大きな扉の部屋に通された。中は書庫のようで、おびただしい数の書棚に沢山の本が詰まっている。
「何の書庫なんですか?」
「概ね魔導書です!」
「へえ、こんなに……」
三十二年前のイージリス王国は言ってしまえば魔法後進国だった。それがこんな大きな書庫丸々魔導書が敷き詰められているということは、随分と改革が推し進められてきたのだろう。
エカチェリーナは書庫の机の上に置かれている四、五十冊の本を指差した。
「ここにある本を私の研究室へ運びたいのですが、何分量が多くて」
 彼女はヨイショと十五冊ほど本を積み上げて腕に抱えた。
「何度か往復してしまうのですがよろしいですか?」
「構いませんよ」
エミはどうして浮遊魔法をかけて一気に本を運ばないのだろうと不思議に思ったが、彼女に習い本を抱える。
二人はえっちらおっちら本を抱えながら城の中を歩いた。幸い魔導書庫とエカチェリーナの研究室は近く、三往復ほどで本を彼女の部屋に運び込むことが出来た。
「ありがとうございます! 助かりました」
「いいえどういたしまして。それにしても凄い研究室ですね」
「えへへ、散らかっていてお恥ずかしいのです」
彼女の研究室は本と、魔法道具と、羊皮紙の束に溢れていた。
「エカチェリーナさんは宮廷魔法使いなんですよね?」
「そうなのです! ……といっても私自身は魔法を使うよりも理論構築や解読が専門なのですが。どうしようもなく持ってる魔力が少ないのです」
「こういうところの魔法使いは皆、魔力が高い人ばかりが居るものだと思っていました。相当努力なされたんでしょうね」
「えへへ……そんなに大したことはしていませんが、私を引き取ってくださった国王陛下には頭が上がりません」
「というと」
「私はアイヴァンホーから、招待されてきた身なのです」
「そういう方々は他にもいらっしゃるのですか?」
「私の他に5名の魔法使いが、アイヴァンホーからやってきています。皆優秀な方々で、よく助けていただいておりますよ」
「へえ、それは素敵ですね」
ということはあの魔法陣をこっちへ持ってきたのは、アイヴァンホーの魔法使いなのだろう。優秀な魔法使いを引き抜いて、国力を増強しているというわけだ。今のこの国の魔法のレベルについてもっと探りを入れたかったが「ではお部屋に案内しますね」とエカチェリーナが先導するので、ついていくほか無かった。
無事部屋にたどり着き、エミがぼんやりとベッドで寝転がっていると侍女が部屋をノックした。
「エミ様、朝食の支度が整いましたので、ご案内いたします」
「はーい」

取り敢えず今日は情報収集に費やするしか無い。

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