第6話
二人は城から手配された豪華な部屋にしばらく泊まることになった。
今すぐに戦線へと投入されるのかと思ったが、まずはこの国の暮らしに慣れてから徐々に戦いを教えていくつもりらしい。
和勝があてがわれた部屋の中に入ろうか入らまいかとうろうろしていると、エミが廊下の向こうからやってきた。
「作戦会議しますよ~」
なんとも気の抜けた声である。
「和勝くんの部屋も見せてくださいよ。こっちもやっぱり豪華なんですかね」
「蛇……あ、えっと」
「エミでいいですよ」
和勝が自分の呼び方に困っているようだったので、エミはすぐに助け舟を出してやる。名前の呼ばれ方など彼女にとっては些細なものであった。
「エミちゃん……はどうしてそんなに平然としていられるの」
「うーん。まあ慣れていると言ったら慣れているからですかね」
「こんなことがしょっちゅうあるってこと?」
「しょっちゅうといえばそうだし、そうでもない……まあ立ち話もなんですし、部屋に入っていいですか?」
「うん……」
扉をあけて部屋にはいると、ヨーロッパの宮殿のお貴族様が住んでいるような内装だった。家具や調度品はすべからく一流のものなのだろう。何もかもが洗練されていて、無駄に天井が高くて広くて、日本のこじんまりとした建築に慣れている和勝は、なんだか外国の美術館にいるみたいで居心地が悪いなと思った。
エミは部屋の中央付近にあるベルベットのソファーにちょこんと座って、和勝のことを手招いた。和勝が横に座るとエミは和勝の右手を触る。
「え、何!?」
それにびっくりして、和勝は触られた手を引っ込めてしまった。
「ああ、すいません。それ、解除しておこうと思って」
「え?」
「令呪」
「あ、ああ……できるんだ?すごいね」
「手出してください」
「はい……」
和勝はエミが実際に魔法を使っているところを目撃したことがないので、半信半疑で手を差し出した。
エミは和勝の右手に再度触れると、ぶつぶつとよくわからない言葉をつぶやく。
「ちょっとチクッとしますよ~」
エミが看護師が注射をするときのように言うと、本当に針で刺されたような痛みが右手に広がった。
「うっ……」
「はいもう大丈夫。解呪できました。タトゥーの方は残しておきます。解除されたとわかればあっちも何をしてくるか読めないので」
「な、なんでこんなことができるの?」
「まあ全部名前を教えていない分、効力が弱いからですね」
「な、なるほど?」
「これからも名字は言わない方針でお願いします。真の名で縛る魔術がこの国は盛んなので利用されると厄介です」
「なんでそんな事も知って……?」
和勝はずっとわけがわからないよという顔をしていた。確かに同級生の女の子が本当に魔法を使ったり、知らない異世界の情報を何やら握っているのはどう考えてもおかしい。別に黙っているメリットもないなと思ったので、エミは口を開いた。
「こんな状況なら何を隠しても、仕方がないですもんね……」
エミは自分が転生者であること、転生した記憶の中にある魔法や魔術が使えること、そしてこの世界がおそらく昔自分が生きた世界であることをできるだけ簡潔に和勝に教えた。
「ええ……そんな、そんなことがあるのか。すごいな……」
話を聞かされた和勝は、まだ動揺していたがとりあえず納得したようだった。
「まあそんな感じで、年月はちょっと過ぎちゃってますが、一応私の知っている場所なのでどうにかなると思ってもらえれば」
「どうにかなるの?」
「どうにかしちゃいます。ああ、一応聞いておきますが、和勝くんは元の世界に帰りたいですよね?」
「そりゃあ、親だって心配するし帰りたいよ」
「じゃあもう1つ聞くんですけど、他人から託された勝手なお願いを果たしてやる義理もないのに、とてつもなく苦労をして達成することは好きですか?」
「そんな身も蓋もない……できればやりたくないよ。でも困っている人がいるなら、それを見捨てるのはちょっと罪悪感があるっていうか」
和勝は眉を下げてちょっと困った顔をした。人の良い男だ。先程まで自分の命を勝手に握られていたというのに、その国に対して助けてやりたいという気持ちがある。
「なるほど」
エミは少し考えたあとにまた言葉を続けた。
「今和勝くんはこの状況を楽しみたいと思いますか? ワクワクと不安をパーセンテージで表すならどれくらいの割合です?」
「不安八十、ワクワク三十くらいかなあ」
存外ワクワクの割合が多いなとエミは思った。この男はきっと一人でこの世界にやってきたとしても、持ち前の前向きな性格で困難に立ち向かっていけるのだろう。
「私はやろうと思えばおそらく数日程度で、貴方のことをこの世界から帰すことができると思うんですけど……」
「そんな事ができてしまうのか……」
「和勝くんが勇者だから、勇者の経験をさせてあげたほうがいいのかなとも思っていて」
「いやいやいや、帰れるなら早く帰らないと、俺母さんにすげー叱られるの嫌だし。それってやってたら1年とかかかっちゃうだろ!?」
「長い目で見るとそうですねえ。やっぱり早く帰りたいですか?」
「帰りたいよ!」
「わかりました。なら5日ほどでどうにかします」
エミはそう断言して、あっさりと和勝の部屋をあとにした。部屋に残された和勝は一体これから何をどうやって、この状況をエミがどうにかするのか予想がつかなかった。予想がつかなかったが、部屋の奥の大きなふかふかのベッドに寝転がるとすぐに睡魔がやってくる。寝れる時に寝たほうがいい。そう割り切って和勝はまどろみの中へ落ちていった。