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第4話 

2人は屋上へ続く階段の踊り場に来ていた。エミの提案である。屋上の鍵はいつも閉まっていて、学校の中で一番誰も来ない静かな場所だった。
「で、話ってなんですか?」
「あの、単刀直入に言うけどさ、俺って最近死にかけてるじゃん」
「はあ……」
「蛇塚さん何か知ってる?」
「あの、話の意図が分からないのですが」
こうもぼんやりとした聞き方だと、確信までに至っていないという事だ。エミはシラを切り通す事にした。
「俺が死にかけてる時に、いつもそばに居るなと思って」
「偶然じゃないですかね……」
「偶然、偶然か……変なこと聞いてごめん。でも何かあるんじゃないかって思ってて……」

 

和勝がふと屋上のドアの方へ目をやると、ドアの小窓から光が漏れていた。日光が当たっているような光ではなく、なにかが発光しているような光だ。
「なあ、なんか光って……」

屋上のドアへ和勝が手をかけた時、エミは咄嗟に声が出た。この世界で初めて自分以外の魔法の匂いがする。
「開けちゃ駄目です!」
 ドアの向こうに発動している術式は転移魔法陣だ。こんなに手のかかった術式を見るのは久々のことだった。発動範囲を見た所、恐らく彼がドアを開ければエミも一緒に転移してしまうだろう。
「でも俺、行かなきゃいけないような気がする」
「駄目です!手を離して!」
エミは和勝の手を無理やり引っ張ってドアから手を離させた。そうすると、ドアの向こうの光は徐々に弱まり消えた。魔力の匂いも薄まった。
エミはほっとして掴んだ和勝の手を離したが、素早い動きで逆に掴み返される。
「うわ!」
「い、今の何だったの?」
「わ、分かりません。手離してください」
「やっぱり蛇塚さんなんか知ってるよね」
「知りません」
「知ってるだろ。俺どうしても困ってる。何か知ってるなら教えてよ。ここんとこずっと変なんだ」
「そんなことを言われても私には推論しか出せませんし、当たってる確証もありません!」
「それでいいから!頼むよ!何か教えてくれるまで手離さないから!!」
「う、う〜……っ」
エミはふうふう言いながら和勝に握られた手を解こうとしたが、ビクともしなかった。魔法でどうにかしてもいいが、使っているところをガッツリ見られてしまっては、少々の洗脳が完全な記憶操作に難易度が変わってしまう。一応今世でやるのは初めてだったので、そんな高等魔法を使いたくは無い。失敗して廃人になられてしまっては、流石に罪悪感があるし責任も取れない。
「知ってること、話してくれ」
「う〜…………うーん…………」
「頼むよ」
和勝は捨てられた犬のような顔で、エミに懇願した。

 

エミはこの状況を打開するには一か八かの魔法を無理やり使うか、正直に話をするかしか無いなと思った。それにこんなにピンポイントで転移魔法陣が発動するということは、彼はどこからか喚ばれているということだ。彼が死にそうな時も多分、エミが感じ取れない何かの魔法が発動している。前世の記憶でこういうパターンは山ほど見てきたので、恐らく異世界転生か異世界転移するタイプだろう。彼が転移したとして、その先に待ち受けるであろう困難を思うと、なんだか可愛そうな気持ちになった。
「推論なんですけど……さっきの魔法の反応を見るに、貴方多分異世界転生か異世界転移しそうになってるんじゃないかなって……」
「ま、魔法って…………漫画とかでよく見るヤツの?」
「はい……荒唐無稽な話なので信じてくれなくて構いませんが……」
「俺、転生するか転移するしかないの?」
「さあ……分かりません……死ぬのを回避し続けたから、転移の方にアプローチが切り替わったのでは無いかと思っていますが」
和勝は素直な男だったので、状況をすんなりと受け入れる。死にかける度になんでか助かってきた時の不思議な力は、魔法の力だったのかと腑に落ちていた。
「もしかして、俺のこと魔法で助けてくれてた?」
「…………人が目の前で死ぬとか、目覚めが悪いので」
「ありがとう」
「え?」
「俺の事死なせないでくれてありがとう」

 

手を強く握られたまま、真剣な眼差しでお礼を言われたものだから、エミは少し心がドキドキした。顔の整った人間はこういう所で得をするものだ。
「話すことは話しましたよ。手離してください」
「うん。ありがとな」
「今日の話は門外不出でお願いします。まあ話したとしても誰も信じてくれないと思いますが」
「わかった!今日ってもう帰る?」
和勝は階段を数段降りてから振り返った。
「そのつもりですが」
「じゃあ駅まで一緒に帰ろうぜ」
「どうしてですか?」
「蛇塚さんに興味があるから!」

 

そうにこにこ笑う顔はとてもキュートで裏表がなく、エミはため息を付いた。頭の中で断る理由をなにか無いかと探したが、考えるのが面倒になったので、成り行きに任せることにする。思ったより自分は人に流されやすいらしい。あと、彼みたいなタイプは避けるだけ避けた分、距離を詰めようと躍起になってくるタイプだ。受け入れつつ、和勝が自分に飽きるまでちょうどいい距離を模索していくしか無いだろう。
「……そうですか。まあ、いいですよ」
「やった!」

教室に戻り鞄を回収し、昇降口からいつもの通学路へ歩いていく。クラスメイトの大半はもう帰宅していて、彼らが連れ立って歩いているところを目撃するものはいなかった。
「あのさ、蛇塚さんが使う魔法って……」
「そのことについては答えません。全部秘密です」
「え~ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃんか」
和勝は眉を下げて残念がる。
「話しませんからね。どこで誰が聞いているとも限りませんから」
「じゃあさ、いっつも何の本読んでるの?」
「本ですか?」
「ひとりでよく読んでるなと思って」
「まあ……好きなので。大半は小説です。ファンタジーをよく読むので、朝倉麻美子とか佐鳥雄一郎とか、リチャード・アンバーが好きですかね。あとはライトノベルだと柳楽アカネとか」
「俺本あんまり読まないから、全然わかんないや。どんな話が好きなの?」
「主人公が苦難を乗り越えて、世界が平和になる話です」
「いいね。俺もそういうの好きだと思う。おすすめのやつある?」
「柳楽先生のは文体が軽いので、あんまり本を読まない人も読みやすいかと。ワインレッドシリーズなんかおすすめですよ」
「へ~図書館にもある?」
「私がリクエストしたので入ってます」
「今度借りてみるわ」
「飯綱くんは東京から、岡山に越してきてどうですか?」
「良いところだと思うよ。思ったより不便じゃないし」
「東京って栄えていますものね」
「こっち来てどこ見ても山あるのが結構新鮮。でも嫌いじゃないよ。自然ってなんか好きだし」
そんな雑談をしながら歩いていると、あっという間に二人は駅についた。

 

「何番ホームですか?」
「1番」
「じゃあ一緒ですね」
「蛇塚さんの家って倉敷のほう?」
「そうです」
「俺んち中庄」
「近いですね」
黄色い列車がホームに滑り込んでくる。そのままいつものように、なんの疑問も抱かず二人は列車に乗った。乗った瞬間の小さな違和感にエミは閉まりかけたドアの方を振り返る。どうして列の後ろに並んでいた人は、この列車に乗らないのか?
「飯綱くん」
「なに?」
4人がけの席に先に座っていた和勝は、エミがどうして座らないのだろうと不思議に思っていた。
「いくら岡山が田舎とはいえ、この時間帯に車両の中に乗客が二人しかいないのはおかしくないですか?」
「え?」

そう言われて彼は辺りを見渡す。確かに電車の中はがらんとしていて、乗客は自分たち以外に存在しなかった。和勝は立ち上がりドアに駆け寄ったが、ドアは既に閉まっていて、電車は動き出している。降りようにも降りる手段がない。窓の外の景色は町を抜けるといつもの田園風景だったが、暫くするといつもの路線には存在しないトンネルに突入した。窓の外は暗く、電車の中だけが煌々と光っている。二人は自然と近くに寄り、言葉を発することなく窓の外を警戒して見ていた。
「次は◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎」

 

車内アナウンスがなにか聞き取れない地名を言った。電車は緩やかに止まり、真っ暗な場所で停止した。ドアは開いたが、踏み出すにはかなり勇気がいる。二人は固まって十分以上は開いたドアの前で立ち尽くしていた。
「どうする……?」
和勝は小さな声でエミに問いかける。
「…………行くしかないでしょう」
「ホントに言ってる?」
「このまま待っていても、この電車は動かないと思います」
「……分かった」
「手、出してください」
「え?」
「万が一はぐれたら困りますので」
「ん」
和勝が右手を差し出したので、エミは自分の左手と繋ぐ。
二人は暗闇の中へと、一歩を踏み出した。

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