第2話
それから何年か月日が経ち、前世の記憶を相変わらず見続けていたが3つの変化があった。
まず1つ目として、最初の方に見続けていた夢は現実とまだ地続きで、たぶん昔にあった出来事なのだろうなという感じの内容だったのだが、最近見るものは剣と魔法のファンタジーであることだ。これに関して、自分が見ているのは前世の記憶ではなく、何かの物語なのではないか?という疑問が生じたが、結局前世の記憶なのだろうなという結論に至った。
それは何故かというと、2つ目の変化――前世の記憶で習得した魔法や魔術が、今世でも使えるからである。
中学校からの帰り道。ほんのちょっとの気まぐれに、前世の記憶で習得した呪文を唱えてみた所自分の指の先から火柱が出たのだ。幸い周囲に人はおらず誰にも目撃されることはなかったが、エミは大層驚いた。当然である。こんな事が誰かにバレでもしたら、自分が主人公の人生が始まってしまう。現代魔法ファンタジーがはじまってしまう。それは困る。謎の組織と戦ったり、同じ境遇の仲間を集めたり巨悪に立ち向かったり、そういうのは絶対御免被りたかった。自分の知らないところで世界は勝手に危機に陥って勝手に救われていればよいのだ。
「絶対に隠し通さなきゃ…………!」
それはそれとして、自分がどれだけの能力を有しているのかは流石に気になる。彼女は休みの度にせっせこ人目のつかない山へ登り、習得した魔法が使えるか片っ端から試して回った。中学三年間を通して魔法の実証実験を行った結果、派手に山が吹き飛んだり地形を大きく変化させるような魔法を試すことはできなかったが、概ね前世で使えた魔法は使うことができるということがわかった。多分この力を使えば軽く世界を滅茶苦茶にできるなと思ったが、自分以外に能力を持った人がいるともわからない。日常的に魔法を使って楽をするということを、エミは一切行わなかった。だって誰かにバレたら物語が始まってしまうと思ったから。
3つ目の変化は、中学三年の間で白昼夢を見る機会が減り、とうとう見る機会が無くなってしまったことだった。エミはこれを少し残念に思っていたが、全ての前世の記憶を見終わったのだろうと割り切った。
そんなこんなで高校1年生の初夏、蛇塚エミは自分が転生者で魔法使いであることをひた隠しにしながら学校生活を送っていたのである。
「席に着け〜」
担任の男教師が教室のドアをがらがらと開けながら入ってきた。エミは仕方なく本を閉じて机の上に置き、俯いたまま担任の声を聞いた。
「えー今日はみんなにお知らせがあります。この度一年三組に新しい友達が加わることになりました」
その言葉に教室はざわざわと揺れた。
「え、転校生来るなんて聞いてた?」
「聞いてない!」
「男かな女かな」
「イケメンだといいな〜」
周りのクラスメイトは興味津々といった様子で沸いている。あんまり人に興味のないエミは、夏休みまであと少しというこんな微妙な時期に、転校生がやって来るとは珍しいなとだけ思った。
「はい、みんな静かに!飯綱くん、入ってきてください」
教師がそう言うと、ドアの外で待っていたであろう転校生が教室の中に入ってきた。飯綱くんと言っているからには男なのだろう。
教室中の視線が彼に集中する。
エミも一応といった感じで顔を上げてそちらの方を見た。
転校生の飯綱くんを視界に入れた瞬間、エミはこの人は持っている側の人だと直感的に思った。これまで体験してきた人生の中で、往々にして出会う重要人物はみな一様に独特の雰囲気を纏っていた。それが彼にはある。この世界が舞台の上なのだとしたら、彼を中心にしてスポットライトが照らされている。そんな華のある選ばれた人。
橙色のウルフカットの髪は窓から差し込む光に反射して輝き、髪とおなじ色の瞳は少しタレ目気味だが強い意志を宿している。教壇の前に立った彼の周りだけが、少しだけ明るいような気がした。顔がよく整った好青年である。
「はじめまして。飯綱和勝です!親の仕事の都合で東京から越してきました。早くみんなと仲良くなれるように頑張りたいです!よろしくお願いします!!」
はっきりとした大きな声だった。にか、と笑った顔は大型犬を想起させるような親しみやすさがある。
挨拶が終わるとパチパチパチと拍手が巻き起こった。
「よろしくな〜!」
「え、やった!イケメンじゃん!」
「スポーツとかやってる!?背高ぇしバスケ部はいんねえ?」
「はいはい!彼女とかいんの?」
調子に乗ったクラスメイトが思い思いに野次を飛ばし、彼は曖昧に困ったように笑った。教師が「聞きたいことがあるなら休み時間にしなさい」と空いている席に座るように促す。空いている席とは、すなわちエミの後ろの席だった。
隣の席じゃなくて良かったとエミは内心ホッとしていた。早速彼は隣の席の大高くんに挨拶をし「よろしくな」と朗らかに言った声が聞こえた。
こういう人物とかかわり合いが発生すると、必ずなにかの事件や厄介事に巻き込まれることになる。自分の平穏な人生のためには、絶対に親しくしてはいけない。できるだけ、関わらない方針で彼には接することにしよう。エミはそう固く決意した。