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第11話 

 エミは大きくため息をついた。この男は一度決めたことは、なにがあっても必ずやり通すような、頑固者である。これ以上対話を試みても時間の無駄だろう。
「…………プランBに変更です」
 エミは心の内で魔法の詠唱を行った。エリュシュードの周りに光の剣が展開される。それはゆっくりと回転しながらエリュシュードの心臓を狙っていた。
「エリュシュード、最後の頼みです。和平を結ぶと言ってくれませんか?私は貴方を殺したくはない」
 エミはエリュシュードを真っ直ぐ見下ろしてそう言った。圧のある言葉だったが、それに臆することなく彼は顔を上げる。
「申し訳ありません魔王様。そのお言葉を聞き入れることは出来ません」
「そうですか」
 淡々とした言葉だった。
 エリュシュードの周りに展開された光の剣が、彼を貫こうと高速で動いた。しかしそれを躱して彼は、右手に雷を纏った槍を形成する。
「殺す気でかかってきていませんね?」
 エリュシュードは小さく息を吐いてそう言った。
 その言葉にエミは薄く笑う。
「だって、かわいそうなんですもの」
「ではこちらから……」
 エリュシュードは目にも留まらぬ速さで、エミと間合いを詰めた。雷の槍を振るってエミに攻撃を加える。ガキイイン!と音がしてそれは防がれた。エミは座ったまま、動こうともしない。
「相変わらず、分厚い魔法障壁ですね!」
「貴方も本気じゃないじゃないですか」
 エミは瞬きをしてエリュシュードを吹き飛ばす。彼女の強みは無詠唱で攻撃魔法を操れることだった。魔法を熟知している敵からしてみても、何をされるのかわかったものではなく、対処が難しい。
 分厚い扉に打ち付けられたエリュシュードは、ゲホッと咳き込み血を吐いた。それほどの衝撃だった。地べたに落ちた彼はよろよろと立ち上がると、エミを睨む。
 彼が短い詠唱をすると、エミを囲んで四方八方からけたたましい音を立てながら、大きな雷撃が飛んだ。しかしそれをエミは避けずに、全て魔法障壁で受けきる。王座の上から彼女はずっとエリュシュードを冷たく見下ろしていた。
「こんなものですか」
 エミが指をくいと上げると、またもや光の剣が発現する。その数は数百にわたり、剣の雨はエリュシュードに降り注いだ。エリュシュードは魔法障壁を展開しながら走ってそれを避ける。しかし2つ3つと光の剣は彼を刺し、ダメージを負わせた。傷ついた肌からは血が流れる。
 エミはまた指を動かすと、先程エリュシュードが発生させた雷撃の魔法と同じものを彼に浴びせた。それは彼の魔法障壁を破り直撃し、絶叫が響き渡る。
 あまりにも一方的な蹂躙だった。
 彼は地面に膝をつき、かろうじて意識を保っていた。あまりにもシンプルな攻撃だが、自分の魔法より格段に威力が上だ。誰か助けを呼ぶべきだ。魔王軍幹部たちを集めて、やっと対等に戦えるような相手だ。そんな事はわかっているが、この場から逃げ出せるような隙もなかった。
 光の剣が再度現れ、彼の首を刎ねようと動く。それを避け、彼は渾身の力で雷の槍をエミに向かって投げた。それは魔法障壁を破り、エミの眼前までやってきて止まった。彼女はもう一枚小さな魔法障壁を発生させている。
「お返しです」
 エリュシュードの放った雷の槍は、ものすごい勢いで反転し彼のもとへ帰ってきた。それを間一髪で避けると、地面は大きくえぐれ黒焦げた。直撃していたら半端ではないダメージだっただろう。
「エリュシュード、あなた弱くなりましたか?」
 光の剣がまた何百本と空中に構築され、ゆっくりと彼の急所を狙いながら回っている。もうこの攻撃をすべて避けきることは出来ない。魔王はかつて魔王であった頃よりもその力を増強させていた。ただの一人の小さな人間の子どものなかに、異常なまでの魔力を溜め込んでいる。自分の攻撃が通らないのであれば、持久戦に持ち込んだとしても、彼女の魔力の枯渇まで自分が生きているイメージが沸かなかった。
 やはり私は本物の魔王様の足元にも及ばない……!
 エリュシュードがそう思った時、声が響き渡った。
「エミちゃん!! やっぱり人殺しはよくないと思う!!!!」
 和勝が小さいドアをくぐり抜けて、のこのこと部屋の中に入ってきていた。
「こら! 危ないから外に出ておきなさい!」
 エミは悪いことをした犬を叱るようにそう言った。
「出てたらこの人死んじゃうだろ!」
「それはまあそうなんですけど」
「人殺しはよくないと思う!」
「あっこら!」
 和勝はまたとことこと歩いて、地面に膝をつき今にも失神しそうなエリュシュードに近寄って声をかけた。
「大丈夫ですか? 彼女のことは俺が説得するので、横になって……」
「…………小僧、情をかけるか」
 魂の性質を見るに、やってきた少年には退魔の力がある。恐らく勇者だと、エリュシュードは直感的に理解した。
「うわ! なんかいっぱい血でてますよ! 大変だ」
 和勝は自分の着ているマントを持っていた剣でビリビリと破きはじめた。布で止血をするつもりなのだろう。
 近寄ってきた和勝をエリュシュードは人質に取ろうと思ったが、そんな力は残っておらず、そのまま地面に突っ伏してしまう。
 和勝は突っ伏したエリュシュードをひっくり返して仰向けにし、傷を受けた腕や肩にぐるぐる布を巻いたり押し当てたりし始めた。魔族の血は人間に流れる血と同じように赤かった。
「あーもー仕方がないですねえ」
 エミは光の剣を消し、玉座から降りてきて、せっせこ分からないなりに止血をしている和勝の横に立った。
「エリュシュード、あなたの負けですよ。降伏して和平を結んでください」
「それは…………出来ません」
「あなたが降伏するか死んでくれないと、私達多分元の世界に帰れないんです」
「元の世界……?」
「私達別の世界から勇者として、召喚されたんです。魔王を倒さないと帰れないらしくて」
「かつて魔王だったあなたが勇者とは……」
「ね、笑える冗談でしょう。私どうしても、あなたを殺さないといけない」
「……私は負けました。やはり貴方には少しだって敵わない。この命奪われるならば、貴方の手で……」
「双方の合意のある殺しって、やっぱり倫理に反すると思いますか?」
 エミは和勝の方を向いて、真面目にそう言った。
「俺は駄目だと思うよ。嘱託殺人だか何かの法があったような気がするし。なにか他の方法はないの?」
「人間と和平を結ぶと約束させれば解決しないかなと思ったんですけど……」
「エリュシュードさん、人間と和平を結んでくれませんか」
 和勝は真剣にお願いをしたが、虫の息のエリュシュードは「断る」と弱々しく言った。
「もう拷問とかするしかないですかね」
 エミはのんびりとした声で言う。完全に気が抜けてしまっていたが発言の内容は物騒であった。
「それも絶対やっちゃ駄目! もっと平和的に行こうよ」
「エリュシュード、なにか案を出しなさい」
「そんな虫の息の人に向かって……」
「私はできる行動をすべて行っています。和勝くんが倫理に反すると言うから、こうして命を奪わずに対話を試みているんでしょうが」
 エミが全く面倒くさいとでも言うような語調で話すものだから、和勝はむっとした。
「エミちゃんはいいのかよ。自分の手で人の命を奪っても! それ元の世界でやったら普通に犯罪だからな! バレなければいいと思ってたら大間違いだ。絶対に人殺しなんかよくない!! 普通に平穏に生きたいんだろ!」
 その言葉にエミは確かにそうだったと思った。こっちに来てかつての前世のように存分に魔法をぶちかませるから少々忘れていたが、本来こんなゴリゴリファンタジーの戦闘をしたくて、自分は生きているわけではないのである。平凡で平穏で普通の女子高生として生きていたいのだ。普通の女子高生は殺人などしない。和勝の言うことは最もであった。
「……それはまあそうなんですけど。異世界転移の魔法陣を書けたとしても、私の魔力量的にギリギリ発動できないんです。なにかものすごい魔力を持ってる生き物を追加で生贄にでもしないと無理なんです。……あ、そういえば私の死体ってどうなってますか。流石にもう埋葬してますよね?」
 エミはふと思い出したようにそう尋ねた。
「魔王様の、ご遺体ですか?」
 エリュシュードはその言葉に顔がこわばった。
「骨の数本でも残っていれば、魔力増強の足しになるかと思ったんですけど」
「………………ご遺体はまだ三十二年前のまま、安置しております」
「マジで言ってる?」
 エミは驚きのあまり、つい敬語が抜けた。
「何処にあるか教えなさいエリュシュード」
 エミはエリュシュードに掴みかかってグラグラと脳を揺らす。
「傷が! 傷が開いちゃうから! よしなよ!!」
 和勝がやめるように叫ぶも、エミは止まらない。
「エリュシュード、失血死する前に答えれば貴方に回復魔法をかけてあげます。貴方がこれから先人類を滅ぼそうと奮闘しようが、私は口を出しません。私の遺体の場所を教えなさい」
「…………王の間の隠し部屋の中に」
「よし! 嘘だったらもう1回ボコボコにして拷問して、人間と和平を結ばせますからね。回復魔法を今からかけますが、反撃しようだなんて思わないように。その時は問答無用でお前を殺します」
「だから殺しちゃ駄目だって!」
 エミが短く呪文を唱えると、エリュシュードの体は緑色の光りに包まれた。傷口から流れ出た血は体内へ戻り、傷が塞がる。
「な、治ってる……」
 和勝は間近で見る魔法に、改めて新鮮に驚いて感動していた。先程の攻撃の類もドアの隙間から覗き見ていたのだが、全く人知を超えたものだと、恐ろしく思っていたのである。エミが居ずに異世界転移したとして、最終的に自分も強くなっていただろうが、こんな化け物と戦うことになっていたかと思うと、身が震えた。

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