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第8話 破天荒

ダイニングでジェイミーが作ったパンケーキをもぐもぐと食べながら、カミラは口を開いた。

 

「そういえば外出許可って頂けるんですか?」

 

ジェイミーはヨーグルトに冷凍のベリーを突っ込みながら「別に勝手に出てもいいけど、どうして?」と聞き返した。

「杖が壊れてしまったので。買いに行こうかと」

 

「は?」

 

それにジェイミーは聞き間違いかと思い、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

カミラは自分の声をジェイミーが聞き取れなかったのかと思い、「杖が壊れてしまったので、買いに行きたいんです」ともう一度同じ様な言葉を繰り返した。

「いや、それは聞いたけど。壊れたの?」

「壊れました」

「何をして壊したの?」

 

魔法使いの杖というのは、よほどの経年劣化か、粗悪品でもない限り普通の魔法の行使で壊れるような作りにはなっていない。

彼女が持っている杖は、魔法学院の指定した杖だ。高級品であり、大事に使えば一生その杖で満足行く魔法の行使が可能なはずだった。

それを壊すということは、とんでもない無茶をしたに違いない。

 

「先生が私のカリキュラムを作り上げるまで、暇なので、図書室の本を読み漁って日を潰しておりまして」

「うん」

「見たことがない魔法の載っている本があったので、試したら壊れました。ああ、もちろん室内での使用はしていません。屋敷の敷地の端の空き地のほうで試しました。被害はありません。途中で打ち消したら杖のほうがポッキリと。負荷に耐えられなかったんですかね?」

 

カミラは特に悪びれた様子もなくそう尋ねた。

 

「何の本を読んで試したの?」

「『不浄の書~禁忌の魔法と血塗られた秘術~』です」

タイトルを聞き、ジェイミーはあちゃーと額に手を当てる。これはまずい。

「もしかして文字が読めない?禁忌ってタイトルにあるよね」

「本に編纂されている時点で、大した魔法ではないと判断しました。こういったものって、手順がハッキリと明記されているものは、おおよそ虚偽ではないですか。本物は暗号化されるか、そもそも口伝によって術を開発した一族により、管理されていると聞いています。だから、どうせ発動しないだろうと。ダメ元で挑戦したところ……ハハ、驚きました。まさか本物だとは」

それはそうである。普通に市場へ出回っている本や、学院の図書館にあるような本はその認識で間違いない。

 

しかし、ここは気が遠くなるほど長い時間をかけて集められた本が、密集している屋敷である。

そしてジェイミーの母は、とんでもない読書狂だ。偉大な功績と権威から信頼を受け、この屋敷の書庫を統治している。集めてある蔵書が一般のご家庭で見つかろうものならば、すぐさま魔法警察がやってきて押収される様な品々を管理する許可をもぎ取っているのだ。

 

もし、なにか問題が起きればジェイミーだけではなく、母にも迷惑がかかってしまう。その事にジェイミーは多少の腹を立てつつあった。

 

「ちなみに何をしようとした?」

「生命吸収です」

「もっと他にも興味を惹かれる魔法があっただろうに。どうしてそれを、ピンポイントで使おうと思ったの?」

「言いたくありません」

「なんで?」

「言えません」

カミラはきっぱりと、ジェイミーの顔を見てそう言った。全く自分が責められていることをわかっていないようだった。

 

「なるほどね? ぼくが君に杖を買いに行かせるのをやめて、あと3年何も教えない口実ができたな。ありがとう。学院に帰っていいよ」

ジェイミーはかちんときてしまい、つい口から怒りが突いて出てしまった。

彼は努めて誰かを傷つけるような言葉を使わないようにしようと日頃から思っているのだが、漏れてしまったものは仕方がない。

すぐにざあっと後悔の波がやってきて、心を冷たくしてしまう。

 

そして口から飛び出た言葉をもう一度頭の中で反芻し、少し冷静さを取り戻した。

―これは彼女を追い出すチャンスがやってきたのではないか? このまま追求して、面倒を見きれないと追い返してしまうのが得策かもしれない。

 

「魔法の行使は途中でやめました。被害は出ていません。どうして怒っているんですか?」

「まず、禁書庫の中に勝手に入ったね。鍵のかけてある扉は勝手に開くものじゃない」

「鍵はかかっていませんでした」

「それでも立入禁止と、プレートに書いてあっただろう。注意書きを読まなかったきみに非はないと?」

「……」

カミラはここへ来て、はじめて不服そうな顔をした。

「そして生命吸収などの魔法を筆頭に、他の生命の命を脅かす魔法は国際条約で全て禁止されている。魔法倫理の授業は寝ていたのかな? 魔法探知に引っかかる前に打ち消したからいいものの、魔警が飛んでくる事案だ。ぼくが教える以前の問題だよ」

できるだけ厭味ったらしくジェイミーがそう言うと、カミラは顔をうつむかせてしまった。

「……私の見識不足です。申し訳ありませんでした」

 

ジェイミーは心が痛んだが、ここで許してしまっては追い出すことが出来ない。だから更に言葉を重ねる。

 

「いいや、分かっててやっただろう」

「知りませんでした」

「本当に?ここで嘘をついたら、出て行ってもらうけれど」

「……………………私の力量であれば探知にかからず行使することも、いずれは可能だと考えています。ご迷惑はおかけしません。今度からは屋敷の外で行います。知らなかったのは本当です。以後気をつけます」

「そういう問題じゃないんだよな…………どうして犯罪に触れる魔法を使いたいの?」

反省しているんだかしていないんだか、カミラの少しズレた回答にジェイミーは「お?」と思った。やはりこの子は、何かしら問題があるのかもしれない。

「それは……その…………」

「言わないなら、出て行ってもらうよ」

これでカミラが黙ってしまえば、ジェイミーは怒ったふりをしてクロードくんに電話をかけてしまおうと思った。

 

「………………ぐぅ…………不老不死に…………なりたくて…………」

 

少しの沈黙のあと彼女は呻いて言葉を繋げた。

「不老不死」

その言葉にジェイミーは気の抜けた声を出してしまう。

「異界の魔法があれば、短期的に目的を達成できると思い……私には時間がない」

「ど、どこか身体が悪いの?」

カミラがうつむいたまま、悲壮な声を出すのでジェイミーはつい心配してしまった。

 

「いいえ。ピンピンしています。しわくちゃの老体で悠久の時を過ごすのはキツイと思ったので、健康体である20代前半の肉体での不老不死を達成したいんです」

カミラは顔をあげると、真剣にそう言った。

心配をして損をしたが、理解できない理由ではない。人間の健康的に活動できる時間は案外短いことを、ジェイミーはよく知っている。

「一理あるけど、その後の展望は?」

なにか悪いことをしようと思っているのならば、諭さなければいけないので一応理由を聞く。

 

思春期によくある反社会的な行動に憧れる偽悪趣味であれば、微笑ましいものだが、彼女は恐らく中二病が高じて実際行動に出て目的を達成できてしまうタイプだ。

生命吸収なんて魔法は、常人が一度本を読んだだけで発動が可能ではない高位の魔法。それを無理にでも打ち消すことが出来たということは、独自に反対術式を発動したということである。彼女の驚くべき学習能力と魔法の才能に、ジェイミーは頭が痛くなった。

 

「まず宇宙開発に携わりたいと考えています。そして行く行くは、自ら宇宙の探査に乗り出し、未知の惑星をこの目で見つけたい。地球と似ている環境ならば、住んでみるのも面白いかもしれないですね。宇宙のことが解明できれば、異界のことも新たになにか分かるかもしれないし。私達の身体、ひいては世界のすべてを紐解く鍵が目の前にあるというのに、こんな短い生では1%も解明できないのは酷ではないですか!私は宇宙の事をもっと知りたいんです」

さっきは少しだけ陰った表情を見せていたのに、彼女は生き生きとした顔でそう語る。

「己の知識探求のために不老不死にたどり着くのは、どこの世界も共通の発想か……」

ジェイミーは天井を仰いでため息をついた。

「……! 不老不死の秘術や秘薬などが異界には存在すると?」

「そんなものはないよ。研修してた人自体は、不老不死にはなれなかったし」

「では不老不死はいない……?」

「いや、いるよ。厳密に不死かはわからないけど」

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