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第27話 小さな自信

授業日当日。

スプラウトヴァージュ邸にやってきたメンツは、パトリック、グレース、ルイツォの3名。アンナは急遽別の用事が入ってしまい、来ることができなかった。

北の街から出ているバスに乗り、悪路でガタガタ揺れる座席の中で小一時間やり過ごし、バス停からまたしばらく歩いてようやっとカミラに指定された住所に着いたのである。

3人はまず屋敷の門の大きさに驚愕した。そこから続く大きな並木通りはすっかり冬の枯れた葉っぱがついているだけの寂しい通りになってしまっていたが、その先にある屋敷の大きさを前にすれば些細なことだった。

「すごい屋敷だ。こういうところに、本当が人が住んでるだなんて信じられない」

ルイツォは物珍しげに辺りを見渡しながら言った。東洋の出身であるから、こういった西洋建築にはこちらに来てから驚かされるばかりである。

「本当に、お姫様が暮らしてるおうちみたいね」

グレースも屋敷の外観の豪華さにほう、とため息を漏らした。

玄関前の噴水は冷たい水を煌めかせながら、まだ凍らずに雫を跳ねさせている。緑の豊かな季節では、どれほどこの屋敷を取り囲む庭が美しい事かとグレースは想像して、また来ることが許されるならば暖かい季節にカミラの事を訪ねたいなと思った。

玄関ポーチに3人がてくてく歩いてやってきて、ドアノッカーを鳴らすかインターホンを押すか悩んでいる間に、カミラが内側からドアを開いた。インターホンで盗み見していたのである。

「いらっしゃい」

「今日はよろしくお願いします」

パトリックが微笑んで挨拶をする。

「ああ。うちの先生にもいい機会をくれてありがとう。外は寒いから、早く入りたまえ」

カミラがドアを開いて玄関ホールの中に3人を案内すると、地下室へ続く階段の方へと迷わず案内した。ジェイミーは地下室でまだ授業の準備をしているのである。

 

ジェイミーは結局薬を飲まずに、授業を行うことにした。

カミラに断固やめた方がいいと諭されたのもあったが、やはり嘘をつくのは嫌だなと思ったのである。

実験室に授業で使う魔法薬の必要な材料を一通り集めて、ため息をついた。知らない人と会うので、身体が緊張している。深呼吸を繰り返して、体を落ち着けること数分。

実験室のドアがノックされる音で、ジェイミーの心臓はびっくりするぐらい跳ねた。

「先生、客人をお連れしましたよ」

木製のドアを開いてカミラが先頭で入ってくる。その後ろには青い髪の男子と黒い髪の女子と男子。

ここ数十年の中で屋敷の中にこんなに人がいるのは、はじめてかもしれなかった。

 

「ど、どうも……」

ジェイミーはつい、自分のそばに寄ってきたカミラの陰に隠れてしまう。それを見てカミラは仕方がないなという顔をした。

「こちらが今日教えてくれるジェイミー・スプラウトヴァージュ先生」

「よろしくお願いします」

3人は声を揃えて挨拶をした。目の前の小さな男の子が先生だと聞いて、驚いた表情をしていたものの、やはり長い耳を見て姿勢を正したのである。

エルフの実年齢など、実際にエルフと接する機会の無い若い世代には相場が分からないものである。ハーフエルフとエルフの見分けもつかないのだ。

3人は一体この少年は何百年生きているのだろうと思っていた。

「スプラウトヴァージュです。よろしくね……」

ジェイミーは覇気のない挨拶をしたが、3人とも事前に人見知りであることはカミラに聞いていたので問題なかった。

「で、先生今日はどんな授業をしてくれるんですか?」

完全に進行役はカミラである。

「えっと、学年がバラバラだって聞いたから……魔法薬学をやろうかと思って。授業とかではやらないけど、役に立ちそうなのを……」

「へえ。なんの薬を作るんですか?」

ルイツォは一番好きな教科が魔法薬学だったので、元気よく質問した。

「ハイポーションより効くポーションって学院で作れないでしょう。今日はエルフに伝わるポーションの作り方を教えようかなと思って……」

「それってものすごく貴重な生成法なんじゃ……」

ルイツォは口をあんぐりと開けてしまった。

「本漁れば書いてありはするからね。そんな大したものじゃないんだけど、全然広まらないからさ。良くないよね。種族間の断絶って……各テーブルに材料準備してあるから、それぞれ二人一組になってもらっていいかな」

パトリックはカミラと、ルイツォはグレースとペアになって机の前に立った。

机の上には薬草類と、火をかけるための機材と小さな釜が置いてある。

ジェイミーはふたつの机の前に立ち、カミラに授業をする時のことを思い出しながら口を開いた。

大丈夫。いつもとやることはそう変わらない。

「人間の魔法族に伝わるポーションの生成法というのは、エルフから伝わったとされているんだけど、人間の間で徐々に材料の変更がされてきたんだ。その過程でよりよい相性を求めた結果、どんどん元の生成法から離れていってしまったことがいくつかある。今日はテキストを用意したからプリントの一枚目を見てみて」

 

ジェイミーの「今日は」という部分を聞いてパトリックはカミラに「いつもは教科書とかないのかい?」と小声で聞いた。それに「ああ、いつもは何も無いぞ」と返され驚いた。

 

「人間の作るポーションではシアメル草の葉を乾燥させてからすり潰しているけど、ぼくたちのやり方では葉は使わず茎を潰して汁を出す。他にもカスタの実は使用しないし、代わりにルメカナの花を使用する。こういった小さな変更が積み重なって総合的な効き目を左右しているというわけなんだ」

「先生、このポーションの作り方はエルフ用ってことですか?」

グレースがジェイミーに手を挙げて質問をする。

「いいや、人間にも抜群に効果が出るよ」

「じゃあどうして、材料が変わったりしてきたんですか?そのまま使ってくれば良かったのに」

「それはエルフの住んでいる地域と人間の住んでいる地域で、取れる薬草が微妙に違ったり、エルフが人に融通しなかったからだね。今くらい両者の種族の関係が悪くなくて、流通が安定するようになれば問題ないんだけど、昔は争いも多かったから仕方がないんだ」

「なるほど……このポーションっていつ製法が確立したんですか?」

「ざっと500年は前じゃないかな。そこから少しだけ現代で取れる薬草に合わせて、ぼくの母が改良したけどそれもほんの少しだよ」

「500年……」

途方もない年月に人間の一同は圧倒されてしまった。

「長い間愛されている薬って事さ」

「あの、このポーションって、星吐き病に何かいい効果をもたらしたりしますか?」

パトリックはジェイミーを真っ直ぐ見ながら、質問をした。

その目はどこか縋るような目だった。

「星吐き病? そんな指定難病には直接の効果は無いかなあ。もちろん滋養強壮の助けにはなるから全くの無意味ってわけじゃないけど」

「そうですか……」

「誰か知り合いにその病気の人が?」

「まあ、そんな所です」

「それは災難だ……今日作った物を持って行ってあげるといい」

「ありがとうございます」

そんな調子でジェイミーの授業は生徒たちの質問に寄り添いながら、滞りなく進んで行った。

 

皆がエルフの製法のハイポーションを作り終えると、ジェイミーはどっと疲れが肩にのしかかってきたような気持ちだった。しかし、確かに授業を問題なく終えることが出来たので、達成感もあった。

「お疲れ様です。今日も分かりやすくていい授業でしたよ」

カミラが側にやってきて、ジェイミーを褒める。それを受けてジェイミーは「よかった〜」と気の抜けた返事をした。

「ずっと上手く出来なかったら、どうしようかと思ってた」

「案ずるより産むが易しですよ。自信つきましたか?」

「ちょびっとだけね」

「ちょびっとか……」

カミラは苦笑した。そんな感じで2人が喋っているとグレースが遠慮がちに声をかけてくる。

「ねえカミラ、こんな立派なお屋敷、来ることないから、私色々見て回ってみたいのだけれど……」

「ですって。先生」

「ああ、鍵のかかってないところなら、好きに見て回ってきてくれて構わないよ。カミラが案内してあげるといい」

「えっ、俺も案内してよ」

「じゃあ、私もお願いしたいな」

こうして3人とカミラはスプラウトヴァージュ邸を、探検して回ることになった。

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