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第26話 移ろう季節と

次の日、スプラウトヴァージュ邸の庭園に出てきたカミラは改めてぎょっとしていた。

白のワイシャツに緑のセーター、黒のスラックスを身にまとった美青年が、箒をもって落ち葉を掃いていたからだ。

ただの掃除の風景である。それだけで画になるとは一体どうなっているんだ。一つにくくられた長い髪が後ろで揺れている。薔薇の花のような美男子だ。

カミラを見つけた彼は顔をほころばせ、こちらへずんずんと近寄ってきた。迫力がすごい。顔面に圧がある。5m先からでもわかる足の長さ。スタイルが常人のそれとやはりかけ離れていると思った。

「おはようカミラ」

「お、おはようございます……」

今日は晴天でもない、うっすらと雲がかかった空だというのに彼の周りがまばゆい。少女漫画なら絶対に、キラキラのエフェクトが掛かって、顔の周辺に花が咲いている。カミラは思わず目を細めた。

「今日は掃除だけ終わらせたら、中に入ろう。寒いし」

「はい……」

微妙な顔をしたカミラを見て、ジェイミーは少し眉を下げる。その顔もまたシネマスクリーンの俳優のごとく画になっていて、大画面でカメラに抜かれても耐えうる美貌だった。

「……やっぱり変かな? 父さんの服だし、似合ってない?」

「いえ、似合っていますよ」

カミラは目をそらしながら言った。何を着ても結局顔が良い奴は様になる。彼の父の服がぴったしの丈ということは、父親も背が高かったのだろう。自分のことをちんちくりんと称していたジェイミーを思い出し納得がいった。

「へへ……ありがとう。今日は魔法結界理論の単元終わらせちゃおうね」

へにゃりとやわらかい表情で微笑む彼の顔面力に、思わず「ヒェ……」と悲鳴が出そうだったが、カミラは既の所で喉の奥に押し込んだ。

「了解です」

ジェイミーは授業の内容をつらつらと話しながら、時折カミラのほうを向く。

カミラは杖を振って落ち葉を集めながら、いつもよりも格段に集中できないなと思っていた。勿論顔はそむけたままである。


 

「――ということで魔法結界というのは北のゲートにも転用されていて、守られているわけです。北以外にもまだ南の結界があるけどね。ここまで理解できたかな?」

「概ねできました」

嘘である。半分くらい何を言っているのか分からなかった。

「それはよかった。落ち葉も大分集まったし、焼却炉まで運ぶの手伝ってもらえる?」

「はい」

カミラは魔法で落ち葉を浮かせて焼却炉の方に一人で歩いていく。ジェイミーはカミラが持ち上げて舞って落ちた葉を、ゴミ袋に入れながらその後ろをついてきた。

今日の授業の単元は、魔法結界がどのように転用されこの島を守っているのかというような内容だったが、半分も理解できていない。本当にまずいとカミラは思った。宿題をやるときに、調べ物の量が格段に増えるのもそうだったが、アイドルだとか俳優だとか、クラスの多少見目のいい男子にキャーキャー言う女たちの気持ちが理解できそうなのである。

人は見た目が9割というが、ここまでとは思わなかった。

自分がこのスプラウトヴァージュ邸にやってきて、今日が一番居心地が悪い。

もし、初めて出会ったジェイミーが今の姿をしていたら、自分はどんな態度で接していたんだろうか。毎日緊張で吐いていたと思う。絶対素なんて出さずに、借りてきた猫を全うしただろう。こんなにキレイなハーフエルフを相手に、駄々をこねたりワガママなんて言えそうになかった。正しく人外なのである。

出会った女が5秒で恋に落ちてもおかしくない顔とスタイルだ。グレースやアンナがジェイミー相手に色めき立つ様子が安易に浮かぶ。

 

「ねえ先生、その姿で授業やるつもりですか」

カミラは後ろを見ずにジェイミーに声をかける。

「だ、駄目かな……?」

「絶対駄目。絶対それでやらない方がいい。人のことを騙すのって、道徳的ではないと思いますし。そもそも、どんな見た目であっても、多分あの人達は先生のことを馬鹿にしたりしないと思いますよ。あと、エルフの年齢の相場なんて、若い子はわかりませんから。最初から素のままで居たほうがよくないですか?」

「そ、そうだよね。やっぱり母さんも見た目に関しては慣れるしか無いって言ってたし……」

カミラはこのハーフエルフが何十年だか何百年かけて成長して、この美貌を誇るようになってからも「慣れるしか無い」と言う彼の会ったことのない母を思い浮かべていた。本人がその時々で、対処法を学んでいくしか無いのである。たとえ小さくても、大きくても、身に降りかかる苦労の多さを思ってカミラはため息を吐いた。

 

そして、そのため息を聞いてジェイミーは自分の容姿がなにか問題があるんだなと勘違いした。いつもは真っ直ぐに自分を見るカミラが、先程から目を合わせてくれないので少し落ち込んでいたのだ。

「あ、あのさ、やっぱり大人の姿のぼくってどこか変なのかな」

「変じゃありませんよ」

「いやでもさ、カミラこっち向いてくれないし。やさしいから変なところを指摘してくれないだけで……」

それを聞いて、カミラはジェイミーの自己肯定感の低さを再度思い出した。恐らくコイツは自分の美貌を正しく認知していない。

「変じゃないけど、異常なんですよ。その、顔が整いすぎていて……一緒にいると緊張します」

「えっ、こんなん普通じゃないの? ぼくの親戚と多分相違ないと思ってるんだけど……むしろ劣ってるというか」

「えっ…………? これで劣ってたらハリウッドの俳優は全員クビです。エルフの一族みんな、異常に顔が整ってると思ったほうがいいですよ」

「そうはいっても、そんなに、異常って言われるほどかな……」

ジェイミーは自分の顔をペタペタと触った。

「周りの顔面偏差値がおかしいから認識バグってるんじゃないですか?」

「そうでもないと思うけどなあ……」

「絶対そうですって」

焼却炉について、落ち葉を全部そこに流し込みながらカミラはそう言った。

後ろをついてきたジェイミーも、カミラが落ち葉を入れ終わるのを待ってから、袋の中の落ち葉を入れる。

火の魔法で焼却炉に火を投げ込むと、煙突の先からもくもくと白い煙が立ち込めはじめた。

それを背に二人が屋敷へと戻っていく途中、途切れた会話の後を続けるようにジェイミーは口を開く。

「じゃあさ、カミラは今のぼくのこと、格好いいって思ってくれてるってこと?」

「一般的な常識に照らし合わせて、格好いいと思いますけど」

ジェイミーと横並びになってしまったのでカミラは足を早めたが、背が高くなっているコンパスの差は大きく、すぐにジェイミーに追いつかれてしまう。

「へぇ、ふーん……そうなんだ」

ジェイミーは歩を進めて、カミラの前に立ちはだかって彼女を見下ろした。こうして背が高くなると、やはり視点が変わるというものである。

初対面の時に大人っぽいと思っていた彼女も、つむじが見えるほど小さく見えてしまえば、どこかあどけなさがあってそれがまた可愛かった。

「何なんですか」

「いや、カミラのこと、初めてあった時から印象が変わらないなと思っただけ」

「本当に何なんですか……」

「可愛いって思ってるってことだよ」

「何を当たり前のことを……可愛い弟子でしょう私は」

カミラはなんでもないとでも言うふうな顔をして、ジェイミーを押しのけて前へ進んだ。こういうときの彼女は顔に出ないと決めたら、鉄仮面のように表情が崩れないのだが、耳の先が赤く染まっていくのをジェイミーは見逃さなかった。

「あはは」

「私なにか面白いこと言いましたか」

「いいや、なんでもないよ」

玄関ポーチにたどり着いた頃には、もうすっかり吹きすさぶ風が冷たく、雪がちらちらと降りはじめている。

「もう冬ですね」

その声を聞いて、彼女と過ごす季節が一つ移ろったのだなと、ジェイミーは思った。

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