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2章 第3話 

「こんにちは」
「こんにちは~」
「今日は右京くんだけですか?」
 和勝はその言葉を聞き逃さなかった。仲良く無いからと和勝くん呼びを嫌がられたのに、こいつは名前で呼ばれている。
「みこち先輩さっき来たけど、なんかアイスが10個買えるだどーのこーの言って帰っていったよ」
「あーなんかキャンペーンやってるんでしたっけ」
 和勝はエミの後ろから文芸部の中を覗き見た。
 部屋の中央に長机が2つ縦に並べてあり、その周りを取り囲むように6つパイプ椅子が並んでいる。壁際は一面棚になっており、本がずらりと並べてあった。一番奥の席に先ほど委員会でも一緒だった、相沢だとかいう眼鏡の長身の男が座っている。
「お客さん?」
 和勝の方を見て右京は微笑む。
「勝手についてきただけです。ここからは部外者進入禁止。帰ってください」
 和勝はエミを無視して、右京に話しかける。
「文芸部どんな感じか見ていっても良い?今日暇でさ」
「いいよ。って言っても活動は各々本読んでるだけなんだけど」
「ちょっと! 右京くん!」
「ありがと。あー……俺A組の飯綱。飯綱和勝」
「知ってるよ。凄い格好良い転校生が来たって、隣のクラスでも評判。俺は相沢右京。右京って呼んで。先輩に同じ苗字の人がいるから」
「わかった。よろしくな右京」
「よろしくね和勝くん」
 和勝は特段仲が良いからエミが右京のことを「右京くん」と呼んでいるのではないのだなと思って胸を撫で下ろした。
 エミは「も~勝手に自己紹介しないでくださいよ」と言いながら部室に入り、右京の近くの席に座る。和勝はエミの隣へ座った。
「右京くん今日何読んでるんですか」
「リチャード・アンバーの風のない丘」
「前オススメしたやつじゃないですか。どうですか面白いです?」
「まだ三分の一しか読めてないけど面白いよ。この人の書く文章読みやすいね。臨場感があって入り込みやすい。翻訳も上手いのかな」
「でしょ~! 色々語りたいことはありますが、ネタバレになるので黙っておきます。また読み終えたら教えて下さい」
「うん。エミさんは今日何読みに来たの?」
 和勝は右京が「エミさん」と呼んだのを、また聞き逃しはしなかった。エミが下の名前を呼ばれて嫌そうにしている様子はない。この二人がどういうやり取りをしてその呼び方同士になったのか、和勝は知らなかったがズルいなと思った。
「特に予定は立てず。暑いので日が傾くまでここにいようかと思って。そしたらこの人がついてきたわけです」
 エミはじと……と和勝を睨んだ。
「邪魔者みたいに言うなよ」
「邪魔者ですよ」
 エミは大げさに大きくため息を付いた。その様子にふふ、と笑った右京は和勝に質問をする。
「和勝くんは部活には入ってないの?」
「生物部に入ってるよ。でも火木しか活動してないんだ」
 その言葉にエミは少し驚く。
「あら、運動部に入ってるものだと思ってました。バスケ部の佐藤くんとかと仲いいじゃないですか」
「いや、なんか競技って感じのやつあんまり好きじゃなくて……」
「へえ~意外です。ガンガン戦ってガンガン勝つぞって感じかと」
「勝つのはまあ、うん。別にそんなに。競争とか無しに、みんな楽しくやれる方が俺は好きかな……」
 和勝はちょっと顔を曇らせながらそう言った。
 右京はそれに気がついて、話題をそらす。
「だから生物部なんだね。今は何の生き物育ててるの?」
「メダカとかザリガニとか。あとフグが居るよ」
「フグって海のですか?」
「いや、アベニーパファーっていう淡水フグ」
「へ~」
 そこからは雑談がちまちまと続き、日が暮れ始めたのでエミ達は学校を出ることにした。みんな帰る方向は一緒で、右京はエミと降りる駅が一緒だった。皆無事に帰路につき、また日が昇って登校して授業を受ける。
 間に文化祭が挟まり、みんな少し浮ついてお祭り騒ぎになったが、短い祭はすぐに終わり、通常授業に戻り……そういう普通の日常が数ヶ月続いた。

 

 十一月も末の頃に事件は新たに起こった。
 十二月の頭に期末考査があるのでもうそろそろ、勉強を計画的に始めなければいけないなと言った具合の頃のことである。
 エミと和勝は放課後図書委員の仕事に従事していた。

 気温もすっかり下がり、エミは和勝に貰った赤いバレッタで髪をハーフアップにまとめている。日によって使うバレッタやヘアゴムは違ったが、和勝は自分が贈ったものがきちんと使われていることに気分を良くしていた。
「返却本、棚に返してくるんでカウンターお願いしますね」
「りょーかい」
 和勝はもうすっかり図書委員の仕事に慣れていて、カウンターでエミにおすすめしてもらった本を読んで待っていた。しばらくすると、貸出希望の生徒がやってくる。
「はい、じゃあ貸出カードお願いします」
 出された貸出カードをバーコードリーダーでスキャンし、貸出希望の本を読み取り機の上に乗せる。しかし、PCの画面は次の画面に移行せず固まったままだった。ソフトを落とそうにもカーソル自体が動かない。
「あれ……おかしいな」
 和勝はパソコンのマウスカーソルを一生懸命動かそうとしていたが、どうにもならない。勝手に電源を落として良いかもわからなかったので、困ってしまった。司書の先生は今丁度席を外しており、一人ではどうにもならないのでエミを呼んでくる他無いだろう。
「すいません。詳しい人呼んでくるんで、ちょっと待っていて下さい」
 和勝は本の分類を図書委員の仕事を始めてからきちんと把握していたので、エミがさきほど手に取った返却本が小説であることがわかっていた。広い図書館であるが、多分数字の頭に九のつく棚に行けば彼女はそこにいる。
「エミちゃーん」
「はい、なんですか」
 思った通りの棚の列に彼女は居て、しゃがんで本を戻していた。
「パソコンの調子が、おかしいんだけど」
「なんかいらないもの触りましたか?」
「いや、いつもどおり触ってたら固まった」
「タスクマネージャーから強制終了しましたか?」
「わかんない。なにそれ」
「もー、しょうがないですね」
 二人が連れ立って歩き、本棚の間を抜けてカウンターへ帰ろうとすると、一冊の本が道の真ん中に落ちている。なんだか古そうな見た目の文庫本だ。
「全く、誰が落として行ったんだか」
 和勝がホコリを払うように本に触れると、本は突如として謎の光を放ち始めた。二人はそれに驚いて呆然としてしまう。
「え!? な、何!?」
「うわ!! 飯綱くん、それ放して!」
 エミは和勝のもとへ急いで駆け寄って、本を凝視する。ここ最近ずっと平和だったから、完全に油断していたが、本からは魔法の匂いがする。
「えっ!?マ、マジで何!?」
 和勝は本を一旦地べたに置いて距離を置くも、本から放たれる光はどんどん強くなりあたりを飲み込んだ。
 ――このままだと、連れて行かれる!
 咄嗟にエミが和勝の腕を掴んだ瞬間、二人は図書館の中から姿を消していた。

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