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第3話 

 それから此処いるねは配信の回数を減らした分動画編集とツイッター営業に打ち込むようになった。俺も何か手伝おうかと申し出たが、自分でやらないと意味がないからと断られた。
 ただ動画の内容が面白いかどうか台本の時点で相談を受けたり、編集後の動画の出来が悪くないかチェックするなどはやらせてもらえた。素人ながらに口出しする様は、まさに後方プロデューサー面である。彼女は着々と動画編集の技術を身に着け、動画の本数を増やしていった。
 
 しかしまあそう簡単には登録者や再生数は増えないもので、本当に少しづつしかチャンネルは伸びなかった。俺はそれを歯痒いと思っていたが、いるねは違うらしく「まあこんなもんでしょ」と動じずに居た。流石同接1桁でも5年間画面に向かって喋り続けた女だ。面構えが違う。
 
 いるねと過ごす時間が2ヶ月半を過ぎた頃だった。個人勢の中でもだいぶ数字を伸ばしている俺の推し、霊群ルキが凸待ち企画をやると告知を出した。
 企画の内容としては、これまでの人生で起こった不可解なこと、恐怖体験、不思議な話をリスナーから募るというものだった。いるねは同業とコラボなどをして配信を伸ばすタイプでは無かったが、俺は出演を勧めた。
 何故かと言うと霊群もなのメインコンテンツはホラーとオカルトで、リスナーは胡乱なコンテンツが大好きなのだ。上手くハマれば視聴者を引っ張ってこれるのではないかと俺はいるねを説得した。
 
 いるねのチャンネルは精神生命体であることを改めて自己紹介した動画と、精神生命体として生きている間にあった出来事を面白おかしく話したshortと、継続した雑談配信と歌枠で埋まっている。あとは見つかるだけの状態で、土壌は整っているのだ。
 
「えーでも私凸とかしたことないよ。うまくいくかな」
「配信であれだけ口回るんだから大丈夫だって。まあ凸待ちで繋がるかは運だろうけど、試してみるだけタダじゃん」
「そうね~まあやってみるだけ得か」

 霊群ルキの凸待ち配信が始まった。画面の右側には黒髪ショートカットに赤目の大正ロマン風の和服を着た女の子のキャラクターが鎮座しており、左側にはコメント欄が流れている。その下にはDiscordのIDが貼り付けられており、背景は暗い和室のイラスト。見慣れた霊群ルキの配信画面だ。オープニングトークが終わり、凸待ちが開始される。
 配信中はいるねが気が散るのと、なにか物音を立ててもいけないので、俺は自室で配信を開いていた。開示されているディスコードIDに次々とリスナーが凸していき、6人目に差し掛かった頃だった。ピロン! と音がして通話が繋がった。
 
「もしもし~こんばんはー!」
「あっこんばんは」
 いるねの声だ。俺は内心ガッツポーズを決める。
「お名前教えてもらっていいですか」
「此処いるねと申します!」
「此処さんね。今回の凸待ちの企画概要は把握してきてくれてる?」
「はい!」
「じゃあ早速お話してください」
「今現在進行系で起こってることなんですけど、私他人の身体に乗り移りながら生きてるんですよ」
 コメント欄は「嘘乙」「嘘松」「さっそく作り話かよ」「糖質?」「通話切って」と非難の言葉が流れていく。
「おっとこれはパンチ強いね。まあ話聞くだけ聞いてみよう! 面白くなかったら切るから」
「ありがとうございます。私生まれてこの方1人の体の中に長く留まれたことがなくって、長くて3ヶ月で身体を追い出されてしまうんですよ。気づいたら別の肉体に入ってて、毎回違う名前で呼ばれて、いつも知らない人がそばにいる。小さい頃はそれが当たり前だったので気にしてなかったんですけど、成長するにつれてどうやら人間って1つの肉体に魂が居続ける事がわかって、私って変なんだなって自覚したんです。今回は私とおんなじような人が居ないかなと思って、凸させてもらいました」
「おーなるほどなるほどね。それが本当だとしたら、ガチ怪異じゃん!」
「私的には、人間の中にずっと存在はしているので、人間扱いしていただきたいです」
「返し方が人外っぽい! なにか証拠とかないのかな?」
「証拠になるかは微妙なんですけど、私Vtuberを5年間やっていて、配信アーカイブを遡っていただければ分かるんですが、必ず3ヶ月未満で中の人が変わってます。でも私は肉体を乗り換えてるだけなので、話の内容とか思想やリスナーへの認知はずっと一貫性がある……と思ってもらえたらいいなと思ってます。弱いですかね」
「ぶっちゃけた話するね~中の人とか言わないほうがいいよ。なんかそういうコンセプトで活動してるとかじゃなくて?」
「あはは、私のチャンネル見て貰ったら分かると思うんですけど、5年活動して登録者100人行って無くて収益化も出来てないんですよ。精神生命体である事を先月まで言わずに活動してたので、中の人が変わったらそりゃリスナー離れるじゃないですか」
「まあそうだろうね」
「中の人が変わっていいことなんて1つもないんですよ。多分去年だけで16人だか17人身体乗り換えたんですけど、この規模感で活動してて賃金発生しなくて、同説下手したら0人の時もあるVtuberを、好き好んでやりたいと思う人がこんなにいると思いますか? 中の人が変わってると仮定したって、我を出さずに同一性を保持しなくちゃいけないんですよ。過去のアーカイブ全部見返して私が話したことや喋り方寄せて、歌える曲や、リスナーの認知を1からしなくちゃいけない。たった数週間だとか数ヶ月のためにそんなことするのって面倒くさいですよね。それだったら普通に自分でデビューしたほうがよくないですか?」
「たしかに……でもなにかとてつもない執念で、此処いるねというVtuberを作り上げてる集団があるかもしれないじゃん」
「そうですね。そう言われてしまっては返す言葉もありません。私は私の存在を証明できるとは思っていませんから。悪魔の証明ですね」
「そこは反論しようよ! いやでも反論しないのがちょっと本物っぽいんだよな。あ、じゃあさ、精神生命体としてこれまで生きてきてヤバかったこととかはないのかな?」
 霊群ルキはいるねの淀み無い話し方が、配信で使えると判断したらしい。話を切らずに話題を広げていく。
 
「まだ動画のネタにしてないやつだったら、小4の頃乗り換えた身体の子のお母さんが新興宗教? の信者で、最終的に霊媒師呼ばれて払われたとかですかね。大人になってからヤバかったのは、日中に身体乗り換えたら乗り換え先が車運転してて事故りかけたとかなので、あんま面白くはないです」
「はははっ、精神生命体って払えるものなの!?」
「いや、払えないです。私とりあえず身体乗り換えて他人に接するとき、記憶喪失のフリするんですよ。都合よく乗っ取った身体の記憶とか見られないんで、まあ知らないことは本当に知らないから、全部知らないだとか覚えてないって言い続ければ、大体それでみんな信じてくれるというか、そう扱うしかなくなるんですね。下手に成りすますとかするより楽なんですよ」
「へ~なるほど。頭いいじゃん」
「でもその子のお母さん子どもが記憶喪失になったと一旦信じはしたものの、やっぱ親って子どものことよく見てて。子どもの中に明らかに他人がいるって思ったんでしょうね。徐々に私に対する態度がヒステリックになってきて、誰に何を吹き込まれたのか知らないけど、子どもに悪霊が取り憑いてると思い込み始めたんですよ。家の中に仏壇じゃない変な祭壇あるし、なんか御札とか柱に貼ってあるし、朝晩家族みんなで念仏みたいなの唱えてお祈りするの強制されるし、なんかちょっと変な家なのかなとは思ってたんですけど……その家にはゲームキューブがあったんですよ!」
「その話の流れからゲームキューブになることある?」
「あはは、私その時ピクミン2にめっちゃハマってて、絶対このゲームクリアするまでこの身体から出ていきたくない! って思ったんです。今だったら身体変えた先でまたゲーム始めたらいいじゃんって思うんですけど、ピクミンいっぱい増やしたしセーブデータ最初からになるのが嫌だったんですね。ヒスってるお母さんに毎日怒鳴られながら怖いな~嫌だな~早く終わってくれないかなってしばらくやり過ごしてたら、最終的に宗教団体の幹部の人と霊媒師なんだかお坊さんなんだかよく分からないおじさんが来て、抵抗したんですけど手足縛られて塩ぶっかけられたり、酒飲まされたり、木の棒? 板? みたいなもので、シバかれそうになったので、これ以上ここに居てもいいことないな……と思って退散しました。身体乗っ取った子には悪い事したなと思います。この配信を見ていたら伊藤翠ちゃんにちゃんと謝りたいです。セーブデータ勝手に消してごめんなさい」
「謝るのそこなんかい!! あ、そういえば、どうして此処さんが精神生命体であるって先月明かしたの? 最初っからそういう設定だって言っておけばよかったのに」
「設定とか言わないでくださいよ。まあ理由としては私には自分の肉体がないので、せめてインターネット上ではVtuberの肉体を得て、同一人物扱いしてほしかったんですよね。だから身体が変わって声が違うと指摘されても、気にしないでくださいって言うかガン無視する方向性でやってました。私の正体を明かしたタイミングが先月だったのは、その、リスナーに身バレしまして……」
「えっ、ちょ、どういうこと?」
「乗り換えた身体の持ち主が、たまたまリスナーのお姉さんだったんですよ。配信中に部屋に凸されて、言い訳も何も出来ませんでしたね。私の存在を長期間認知してくれてる人が居たのが嬉しかったのと、まあこれまで身体を乗り換えてきて私の存在を信じてくれた人なんてほぼほぼ居ないので、この際全部正直に喋ったろ! 最悪この場で身体乗り換えればいいし! と思いまして、なんか全部喋ったら信じてくれちゃったんですよねえ……」
「信じてくれちゃったんですよねえって! え、部屋に来たってことは実家暮らし?」
「はい。隣の部屋にリスナー居ます。霊群さんのファンなのでこの配信見てますよ」
「ここに呼べる?」
 いるねがいいペースで話を進めているなと思っていたら、話の矛先が自分に向いて心臓がどきりと跳ねる。

「どうかな~……来れそう?」
 
 手の届かない推しと直接話せるチャンスが急に巡ってきて、俺は焦る。そんな事があってもいいのか? 推しと推しが喋ってるアーカイブが残ればラッキーだとは思っていたが、いやでもしかし千載一遇の好機だ。こんなことは二度とないだろう。迷ってる暇はない。
 俺は早足で自室を出て、いるねの居る姉の部屋に足を踏み入れる。
「あ、来ました来ました。ちょっと待ってくださいね」
 いるねはPC前から少し椅子をずらし、俺を手招く。イヤホンを片方手渡されたので片耳に装着する。膝たちの姿勢で俺はPC画面とマイクに向き合った。
「準備できました~」
「あ、どうもどうも弟くん。はじめまして霊群ルキです~」
「あっ、っす、はじめまして! いつも配信見てます!」
 声が少し上ずる。俺は緊張して心臓がバクバクと脈打っているのを嫌になるくらい感じていた。
「ありがと~! ところで、君のお姉さん精神生命体を自称してるんだけどさ、その件について本当に信じたの?」
 霊群ルキが俺に向かって話してる。ヤバい。滅茶苦茶緊張する。ちゃんと喋れるかな。
「は、はい……信じました」
「お姉さんが嘘をついているとか、なにか精神疾患を抱えているとか思わなかったの? あまりにも突飛な話じゃない」
「最初は……勿論頭がおかしくなったのかと思いましたよ。突然記憶喪失になったって言ってきて、病院で検査して仕事休んで3日後には此処いるねとして配信してるんですもん」
「配信中に凸ったんだって? やるじゃん。此処さんのことはずっと見てたの?」
「えっと、1年とちょっと見てて、頻繁に中の人が変わるから変なVtuberだなと思ってたんですよ。……でも中の人が変わっても俺への認知が続いてるし、全部のアーカイブを見たわけじゃないけど、俺が見てる範囲で出てきた話題をわざと掘り返したり、過去に歌った歌リクエストしたりだとかして、どういう仕組で此処いるねを継続しているのか、ボロを出さないかと探ってみてたんです。姉の声がいるねから聞こえてきた時は驚いたけど、やっと真相を突き止められると思って……蓋を開けてみればこれでした」
「なるほどねえ。お姉さんと接していて、今喋ってる此処さんとは別人だと思う?」
「別人だと思います。全然姉の話口調じゃないんですよ。こんなに口がよく回る人でもないです。誰かのモノマネができるほど器用でもないし、歌だってカラオケに行きたがらないくらいの音痴です。2ヶ月半同じ家で暮らしてますけど、姉ではないなと思います。いつもはグリンピース絶対吐くから食べないのに普通に食べてたし、炭酸飲めないのに炭酸入ってる酒買ってきて飲んでるんですよ。もしこれが壮大なドッキリだったとしたら、姉は女優になれると思います」
「そうかそうか……壮大なドッキリだったらどうする?」
「そりゃあ騙されて腹は立ちますけど、この世に誰からも存在を認めてもらえない人が居なかったんだと思うと、それはそれでいいかなって……」
「此処さんはいい弟くんを持ったね~。こんな心優しい子騙して心傷まないの?」
「嘘ついてないので、痛む心とか無いですね。あと、私からしたら厳密には弟じゃないです。いいリスナーに恵まれました。私の正体を改めて明かしたら? って提案してくれたのは彼なんですよ」
「へ~そうなんだ。正体明かしてなんか反応あった?」
「まあほとんどの人は信じてないだろうなって感じです。設定として受け入れてくれてるなって肌感ですよ。でも私の存在を信じてくれる人が、一人でも増えればいいなと思って継続して活動をしていくつもりです。私のこれまでとこれからの活動を見て、その目で此処いるねが連続する魂の1個体であるか確かめてみてください」
「清々しいくらい売名していくじゃん。いいね。そういうガッツのある子好きだよ」
「売名する気満々で凸ったので。本日はお時間頂きありがとうございました!」
「変わり種で面白かったよ。じゃあね!」
 通話が切られたが、俺は緊張の糸が切れず硬直したままだった。
 
「すっげえ緊張した……!」
「よかったじゃん。推しと話せて」
 いるねはあはあはと緊張の解けない俺を見て笑った。
「俺ちゃんと話せてた? なんも記憶ない」
「話せてた話せてた。私の方こそ上手く話せてたかな」
「いつも通りよく口回ってたよ」
「よかった~これで登録者ちょっと増えたらいいんだけどね」
 
 霊群ルキの凸待ちに出てから数日経ち登録者は少し増えた。増えたとはいっても、俺の予想を遥かに下回る数だったので少々落胆した。登録者8万人の配信で売名してこの程度かと愚痴をこぼしたが、いるねは気にしていないようだった。元々数字に執着があって配信をしていたわけではないから、あっけらかんとしている。

 そしてまたその数日後、Youtubeを徘徊していると一本の動画が目についた。
 
 【凸待ち】霊群ルキの凸待ちに来たガチ怪異まとめ【切り抜き】
 1日前の投稿なのにもう再生回数が3.7万回っている。霊群ルキが企業に所属していた頃から良質な切り抜きを投稿していたアカウントなので、そこそこチャンネル登録者を持っているからだろうか。
 20分位の動画で、いるねと俺が凸待ちに出た時間はせいぜい10分くらいだったからやけに長いなと違和感を持つ。動画を再生してみると、はじめの方はいるねが凸待ちに出た場面の切り抜きだった。俺が喋っているところもばっちり切り抜かれており、自分の喋ってる声って自分で思ってるよりキモいなと思った。

 動画後半に入ると「本当に彼女は精神生命体なのだろうか?」というテロップが入り、此処いるねの過去配信アーカイブから、中の人が変わっても笑い方や喋り方が一致している比較映像と、同じ話題を繰り返している所が丁寧に編集されていた。過去アーカイブを全部さらったわけではないだろうが、骨の折れる作業だっただろう。比較検証が終わると「中の人のうちの一人を見つけました」とテロップが入り、実写の女性YouTuberが映し出された。確か数十万登録者のいる人だ。おすすめ欄に出てきて見た事がある。
 
「あ、はい。どうも〜、動画更新2ヶ月無くて死亡説が囁かれたやつあやです。ちゃんと生きてます。勝手に殺さんといてくれ。えーこの度は親愛なるファンの皆様にご心配をおかけしてすいません。体調の方はすこぶる元気です。どうして動画更新をしていなかったかと言うとですね、はい、この2ヶ月記憶喪失になっておりました! どういうことかというと、2023年8月14日から2023年10月17日の記憶が一切ございません。何を言うてんねんという感じなんですが、マジで記憶ないです。家族に確認を取ったところ、8月14日の朝に記憶喪失になったと私本人から言われたそうで、動画のドッキリか何かだと思ったそうなんですが、ずっと様子がおかしかったらしく、何を聞いても覚えてないの一点張りだったそうで、最終的に病院連れていかれたみたいです。あ、これ検査の紙ね。脳に異常はなしです。家族は2ヶ月ずっと他人みたいに過ごしてて、気色悪かったって言ってました。で、見てこれ。起きたら机の上に紙置いてあったんですよ。「お身体をお借りしました。ごめんなさい」って。私ついに頭イカれたんすかね」
 映像はいるねの配信画面に切り替わり、テロップで左上に2023年8月17日の配信だと書かれている。いつもと変わらず喋っているが、声が先程のYouTuberやつあやと酷似していた。そしてやつあやの声帯の配信が終了したのが2023年10月17日であることが、動画内で言及されている。そこで動画は終わった。コメント欄は様々な憶測が飛び交っており、大変盛りあがっていた。
「マジか……」
 
 俺は自室を出て隣の姉の部屋をノックした。
「はいよー」
 いるねはベッドに寝転んでスマホをいじっていた。
「いるね切り抜きみた?」
「え、何。知らない。見てない」
「霊群ルキ切り抜きで検索して」
「ん……あったあった。再生結構回ってるじゃん。ラッキー!」
「その動画の中でやつあやってYouTuber出てくるんだけど、知ってる?」
「知らない」
「2023年の8月から10月にこの人に乗り換えてない?」
 俺はベッドのそばに座って胡座をかく。
「えーちょっと待って検索するわ…………あーこの人ね! よく覚えてるよ。面白いご家族だったから。登録者55万人じゃん。すご。え、待って切り抜きに言及してる」
 いるねは寝転んだまま俺にXの画面を見せてきた。
「2年前の私こいつに乗っ取られてたってこと!?ヤバ!笑」とやつあやは切り抜き動画のYouTubeリンク付きの投稿をしている。
「え、どうしよ。なんかリプ送った方がいいかな」
「送れ送れ」
「なんで送ろう」
「俺に言われても」
 いるねはうーんだとかあーだとか言いながらスマホをいじり、「これでいいかなあ……」とボヤきながら返信を送信した。
「なんて送ったの」
「2年前お身体をお借りしていました。沖縄旅行私が代わりに行ってすいませんでしたって送っといた。返信くるかな」
「沖縄旅行行ったの。いいな~」
「うん。キャンセルするのももったいないからって家族で行った。何回か行ったことあるから、あんま新鮮味無かったけど楽しかったよ」
「へー俺も沖縄行きたいな」
「あ! 返信きた!」
「え、早。なんて?」
「どうして旅行でVlog回してくれなかったんですかって怒ってる……」
「草」
「気が回らなくてごめんなさいって言っておこう………………わ! DM来てる……!?」
 いるねは起き上がってスマホの画面をまじまじ見ていた。
「何、やつあやから?」
「うん。え~なんて返そう……」
「なんか怒られてんの?」
「いや、沖縄旅行行ったのネットで言ってないのに、なんで知ってるのかって。身内かストーカーの嫌疑をかけられてる。どうしよう」
「何言っても信じてくれないだろうし、ホントのこと言うしかないだろ」
「だよねえ……とりあえず謝っておくか……」
 むむむ……と顔を顰めながらいるねはスマホに文章を入力している。俺は手持ち無沙汰になったので、姉の本棚から漫画を抜き取り読み始めた。やっぱり鋼の錬金術師は面白い。
 1時間くらい経っただろうか、いるねが俺に「ちょっと通話するから出ていって」と言った。
 俺は特に何も思わず「おっけー」と言って、姉の部屋を出ていった。

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