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第23話 勉強会

ジェイミーとクロードの共同による贅沢な魔法の授業が終わって、カミラは持ってきた本を返しにまた図書館へ歩を進めていた。

時刻はもう全学年の授業が終わり放課後。人が多い学園の中を早足で歩いていると、廊下の角から人が飛び出してくる。

「おっと」

カミラは完全に反射で防護魔法で障壁を作り、相手を弾き飛ばした。受け止めるだなんてことは最初から頭に無い。

弾き飛ばされた男子生徒は、床に派手に転がると「いてて……」と声を上げた。

 

「飛び出してきたお前が悪い。廊下を走るな」

「急いでいて……すまない。あなたに怪我がないようで良かった」

青い髪の男子生徒は顔をあげると、ニコリと微笑んだ。サラサラの髪が吹き飛ばされた拍子に顔に張り付いていたが、はらはらと落ちる。なんというか王子様然とした顔の男だとカミラは思った。

そしてこういう時たいていカミラの物言いが悪いので、喧嘩をふっかけられるのだが、今回はそうではないようだ。彼は穏やかな性格をしているのだろう。男子生徒は散らばった紙の束を一生懸命集めている。カミラは別に急いではいないので、ぶつかった拍子に散らばった紙を拾って、手渡してやることにした。

 

「ありがとう」

「別に。吹き飛ばして悪かった」

「あの、間違っていたら悪いんだけど、あなたはウッドヴァインさん?」

「そうだが」

「ああ、なんて偶然! 会えて良かった」

「は?」

「私、パトリック・F・スペクトラリスと申します」

「パト……ああ。グレースが言ってたやつか」

「あなた、地球出身の魔法使いなのでしょう?」

「ああ」

「ぜひ私達の勉強会に参加してもらえないかと思っていた矢先に、学院から姿を消してしまったので驚いていたんだ。休学されていたのかな?」

「いや、個人指導を特別に受けている」

「なるほど。あなたほど優秀ならば、そういう措置が図られることもあるのでしょうね」

ふむ……と思索にふけってしまった彼を見て、カミラは親切心で「あの、君は急いでいるんじゃないのか?」と言ってやる。

「ああそうだった!」

パトリックは立ち上がり、少し歩いて、思い出したようにカミラの方に振り向いた。

 

「もしよかったら、毎週火曜日と金曜日の放課後に勉強会をしているから参加してほしい! 場所は大二棟の実習室で……」

彼は弾けんばかりの笑顔で語りかけたが、カミラは鉄の表情でそれを拒む。

「すまないが私は、馴れ合いが好きではない」

「そう言わずに! 一度だけでも頼むよ!」

「失礼する」

「諦めませんからね!」

遠くで聞こえる声を無視して、カミラはそそくさと来た道を逆走した。

こういう勉強会みたいなものはだいたい皆が駄弁ってまともな勉強になることはないのだ。一人でやる方が結局効率的。

別の道から図書館へ足を伸ばし、その日はつつがなく終わった。

 

――がしかし、パトリックはカミラが学院にやってくる日はどうやってだか彼女のことを必ず見つけ、話しかけるようになった。

「カミラさん! 今日こそ勉強会に来てみてよ」

いつの間にか、ウッドヴァインさんから呼び方がカミラさんになっている。どうやらこの男は人への距離感の詰め方が早いらしい。

「嫌だ。うざい。一人でいい」

「そう言わずに、来てみれば案外楽しいかもしれないし」

「絶対楽しくない」

「グレースもあなたに会いたがってる」

「私は別に会わなくてもいい」

「お、お菓子とか」

「要らない」

「取り付く島がないよ~……」

めそめそとした顔でパトリックがカミラの方を見る。

「泣き落としが通用すると思うか? 私はこれから授業が有るので失礼する」

カミラは氷よりも冷たく言い放つと、かつかつと歩いて行ってしまった。

パトリックはその影を遠くに見ながら「仲良くしてみたいだけなのにな……」とぼやいた。

この男は、性根が優しく明るいので孤立している人を放っておけないような性格なのである。人にやさしくをモットーに生きてきたような人なので、人望が厚く、ほぼ初対面の人間からこんなに邪険にされることはなかった。

だからもう、意地でもカミラと仲良くしたい! きっとわかり会えるはずだ! と冷たくされるたびにその闘志のごとき思いやりは熱をましていくのであった。

 

翌週の火曜日。

「カミラさん。今日も来てくれないかな?」

カミラが、購買で飲み物を買っていると、どこからともなく現れたパトリックが話しかけてきた。

代金を払い終わって、店を後にしてもパトリックはそのままついてくる。

「君は私に発信機でもつけているのか?」

「いいや。偶然会えるだけだよ」

「今日も行かないぞ」

「えっどうして?」

パトリックは毎回行かないと言うと、大げさに落胆したり、驚いた顔をする。

「暇じゃないんだ。そもそも、お前はどうして私にこんなにしつこく絡んでくるんだよ?」

「カミラさん、学院に友達居ないだろうから心配で。きっかけになればと」

「不必要なものは持たないポリシーなだけだ」

「友達は大事だよ」

「持つものは自分で選びたいんだ」

「私のこと、友達にはしてくれないんだね」

「まだしないよ。これで失礼する」

カミラが校長室の扉を開けて中に入っていく。その姿を眺めながらパトリックは「まだ」ってことは可能性はあるんだと、気分を良くして帰っていった。

 

カミラはジェイミーとクロードの授業が終わったあとに、最近パトリックから勉強会への勧誘が鬱陶しいと愚痴をこぼした。

「最近、勉強会に誘われるんですよ。毎回物凄くしつこく。私のレベルに皆がついてこれるはずなんか無いのに」

ジェイミーはそれを聞いてにっこりと微笑んだ。ただでさえ屋敷の中にずっと居るのだから、カミラが同世代の子と交流を持ったほうが良いだろうとずっと思っていたのだ。

「へえ。別にいいじゃない。気にせず参加してくれば。ついてこれない子を教えてあげるのもまた勉強だよ」

「帰りの時間が遅くなりますし」

「気にしないよ。クロードくんと積もる話は山ほどあるし」

「……私は行きたくないんです」

「それだけ熱心に誘ってくれるんだから、その会の子たちは君を邪険にしたりしないと思うよ」

「それでも嫌なんです。でも、断るのももう疲れる……校長、なにか迷惑防止の校則か何かを早急に立てて、あの男を退校処分にすることはできないんですか?」

「職権濫用がすぎるね……」

カミラはふかふかのソファーにどっかり座って天井を仰いだ。

「1回だけ行ってみて、嫌なら次は参加しないでいいんじゃないかい」

クロードも「勉強会を生徒が自ら主催しているなんて、感心したものじゃないか」と喜ばしそうな顔をした。

「ぐぬ~…………」

こういう時の年上は大抵「行ったほうが良いよ」と、背中を後押しすることしかしないのをすっかり忘れていた。行かなければ行かなければで「行けばよかったのに」と口を酸っぱくするものだ。

カミラは面倒事は早く終わらしてしまいたいタイプだったので、仕方がないから勉強会に参加してくることを腹に決めた。

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