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第21話 決意

「もっといい人に……」

ジェイミーがそう言いかけた時、カミラはその声を遮って「嫌です!」と声を上げた。

「私、先生以外に教えてもらうなんて考えられません! 魔法が使えないのが問題なら、校長でもなんでも呼んできて実技だけやらせればいいじゃないですか!」

「いや、その、クロードくんも忙しいし、きみが……ぼくから学べる事は、あとほんの少しくらいだと思うよ。あと何年も、教えられないよ」

ジェイミーは目を泳がせて、汗をかいてうつむいてしまう。

それに対して、カミラは力強い口調で言葉を続けた。

「なら一緒に勉強したら良くないですか? 私と共同研究しましょう。先生が魔法使えないの、解決してないなら解決させましょうよ。研究テーマとして十分興味深いです」

「それは……」

「それとも、私とあと3年居るのが嫌ですか?」

「……い、」

ジェイミーは、嫌じゃないよとすぐに言いたかったが、自分では力不足なのもよくわかっていて言葉に詰まった。出来ることならばこの子にたくさんのことを教えて、それが実になっていく様子をこれから見たい。

「……嫌じゃない、けど」

でも、こんなに才能のある子を自分の都合で、こんな所に留めておいていてはいけないと思った。

もっとふさわしい場所や人がいるはずなのだ。できることなら。今からでも南米行きの便を取って、母の元へ連れていった方が彼女の為になるだろう。

自分が不甲斐ないばっかりに、その役目が自分でなければいけない理由は、どこにも無いのだ。

ジェイミーはこんな所で泣きたくないと思った。

しかし雫が片目から勝手にこぼれ落ちてしまう。

「ぼ、くなんかじゃ……やっぱりふさわしくないよ」

ついて出る言葉は、不明瞭でイントネーションがおかしかった。

喉の奥がグッと絞られたような感覚。頭の奥も締め付けられて痛い。

一度決壊してしまった涙の防波堤は、もう戻りそうもなく両目からしずくが垂れてしまった。

 

カミラはそれ見て、驚いてしまう。

自分と一緒にいるのが嫌で泣き出したのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

そして、なんでこの人は自分の能力に対して、不釣り合いな程に自尊心が低いんだろうと思った。

これだけ人に教えるのが上手で、膨大な知識を頭に詰めていれば、魔法が使えないのがなんだ。学院の教師よりも天と地の差がつくほど、能力が高いというのに。

魔法が使えないというのは、そこまで人から自信を喪失させてしまうことなのだろうか。

 

カミラは生まれてこの方、やって上手く出来なかったことが、人を怒らせないこと以外無いと思っていたので、できないことへのコンプレックスが理解が出来なかった。短気で器が狭い方が怒ってくるのが悪いとさえ思っていたし。どこまで行ってもこの女は他責思考なのだ。

そして、正論で人を泣かせたことは、控えめに数えても50回以上あったが、自分ができるだけ優しくしようと思って泣かれてしまったのは初めてなので、どうしていいか全く分からなかった。

 

「なんで泣くんですか?」

「だって、優しいから、辛くなるんだ……こんな、こんなに不出来なのに……ぼくを責め立てないから」

ジェイミーの若葉色の瞳には、水の膜が張り、絶えず透明な雫がこぼれていたが、それを拭おうともせず、彼は嗚咽もあげなかった。

カミラはポケットをごそごそとさぐって、ハンカチを手に取った。

誰にも何も訴えかけずに、静かに1人泣いてきた人の涙だった。

躊躇なくハンカチで顔を拭ってやる。

 

親戚の子どもが道路でコケて泣きわめいた時は、うるさいと怒号を飛ばしたというのに、この少年が泣いているのはなんだか居心地が悪く、方法は分からないけど慰めてやりたかった。

「ごめん……」

「謝る落ち度は、貴方には無いですよ」

「ごめんね……ズっ……こ、困るよね。泣くの、やめるから。……待ってね」

「別に困らないから、ゆっくりでいい。それに、私は……あなたに色々なことを教えて欲しいんです」

カミラの声は優しかった。

ジェイミーは泣きやもうと努力しているようだったが、全く涙が止まる様子はない。

まつ毛の束に水滴がついてキラキラとしていた。

 

眼の前のハーフエルフは、80年生きていても、全然ただの……カミラとそう年の変わらない子どもでしかない。

 

この人が校長やユアンのような、優秀な人間に良くしてもらうまでの過程を、自分は知らないが、きっと彼の優しさとこのアンバランスな幼さがあっての事だろう。精神年齢と頭の良さと容姿の全てがちぐはぐで、噛み合って無くて、不思議な人だった。

ハーフエルフの成長は人間からしてみればずっとゆっくりだ。

長い間こんな風に変わらずいるのだとすれば、ユアンが彼を坊ちゃんと呼び続け、心配のあまり、高性能な魔法具を与えるのも理解が及ぶ。放っておけないんだろう。

力になってあげたいと、そう思い行動するには、自分たち人間の時間には限りがある。

 

ジェイミーよりも進む時が早く、ジェイミーよりも早くに仕事をするようになって、家庭ができて、老いてしまう。

 

直接聞いた訳では無いが、恐らく母親は遠くに居て、父親は死んでいる。

家族も近くにおらず、この広大な土地の中でひとりきりでいるのだ。

校長がわざわざ自分をここに送り込んだ理由が、わかった気がした。

きっと、お互いの新しい友達にと、私達を出会わせたのだ。

 

「……あの、」

私たち、先生と教え子じゃなくて、友だちになれませんか。そう言いたかったが、言葉が出てこなかった。

人に「お友達になって下さい」なんて頼んだことがなかったから。

言葉が続かず、しばらくの沈黙の後、どうにか泣き止んだジェイミーのほうが先に言葉を発した。

 

「ごめんね。急に泣いちゃって」

涙の混じった声だった。

「お気になさらず」

「あのね、考えたんだけど、どうしても……その、ぼくがいいなら。勉強が一区切りついたら……カミラのしたいことを研究しよう。あと3年のうち、どれくらい時間が余るかは、カミラ次第だけど」

ジェイミーは自信なさげに「ぼくに出来るのはそれくらいだから」と付け足した。

「……不老不死の研究でもいいなら、半年以内に必修科目のすべてを教えてもらいますが」

「うーん……考慮はするけど、倫理問題をクリアできなさそうなら諦めてほしいかな……」

「善処します」

「ホ、ホントに諦めてね」

「頑張ります」

カミラは思った。

自分が早く不老不死や、それに近い身体にになって、膨大な時間を手に入れてしまえば、彼の魔法が使えない問題にも時間を割く余裕ができる。この島から出ていったあとに、時間が足りない問題はなくなるからだ。

それに、人間が先に進んでいってしまうことが寂しいとこぼしていた彼にとって、自分が悲しい別れの対象になるのも嫌だった。不老不死なら老いもライフステージも関係ない。無限に時間があるなら、この島で宇宙開発をはじめてもいいし。どれだけ時間がかかってもいいなら達成不可能な目標ではないと考えた。

自分の目的が、人のために何かをする事と重なるのははじめてだったが、悪くない考えだ。

「私、できるだけ早く不老不死になりますね」

力強い決意のこもった声を聞いて、ジェイミーは少し複雑そうな顔をしたが、カミラが本気で言っているのが分かり小さく頷いた。

正直なところ、「不老不死になる」と豪語するカミラにほんの少しだけ期待してしまっているのだ。隣にいる彼女が、もしかしたら自分と同じ時間の歩み方をしてくれるのではないかと。

この子が大人になってしまう前に、目的を達成してしまったら、きっとその後の時間たくさんの後悔をすることは分かっている。

それでも都合よく、奇跡が起こってしまえば……。

自分勝手な期待だとはわかっていたが、ジェイミーもまたこの少女ともっと永い間、関係性が続けばいいのにと思っていた。

 

「そうなったらいいね」

「はい!」

かくしてカミラ・ウッドヴァインは不老不死への研究のため、勉学により一層励むことを決意したのであった。

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