top of page

第2話 

 俺が言葉を続けるのを遮るように姉は「あはは」と笑い声を上げた。もっと焦ったり、動揺するかと思ったがそんな素振りはなく、何がそんなに面白いのか顔には笑顔を浮かべている。俺はなんだかその笑みが気味悪くて、言葉を発せられなかった。
 姉は椅子をくるりと回転させ、マイクに向かう。
「ごめんごめん。ちょっと家族が来たから配信終わるね。急でごめん! おつかれ~」
 マウスをクリックする音が聞こえ、配信は閉じられる。俺は部屋の入口から一歩も動けずに居た。
 姉は付けていたヘッドホンを取って机の上に置くと、大きなため息をつく。

「まさか身バレするとはね~」
 俺の方を見ずに、姉はどこか弾んだ声で言葉をこぼす。
「……認めるってこと?」
「うん。私が此処いるねだよ」
 姉は再度椅子を回転させこちらの方を向くと、にこにことそう言い放った。
「なんでVtuberなんか始めようと思ったわけ」
「まあ、色々と理由はあるけど……何を話しても信じてもらえないと思うから、気まぐれってことで」
「そんなんじゃ納得行かねえよ」
「私の配信、たまたま見つけたの? リスナーだったりする?」
「……1年くらい見てる」
「コメントしてないんだったら認知してないけど、ガクかな」
「なんで分かるんだよ」
 ピタリとアカウント名を当てられて、俺はドキリとする。俺のXも割れてるということなんだろうか。別に身内に見られて困るようなことを投稿しているわけではないが、それでも肝が冷える。眼の前の姉は速攻身バレしたというのに、余裕綽々といった表情で俺のことを見ていた。

「ここ1年でコメントしてくれるようになったわかめごはんは社会人で、鈴屋は女の子だからね。男で大学生なのはガクだけ。名前が学だからガクなんだね。本名割れるようなハンドルネーム付けないほうがいいよ」
「余計なお世話だ」
「リスナーと対面するとは思わなかったな。こんなことあるんだ。いつも応援ありがとうね」
「いつもつったって、まだはじめて1日だろ。どうやって俺のこととか他のリスナーのこと認知してるの? 配信の内容だってなにか台本があったりするのか? なんで此処いるねをやり始めたんだよ。記憶喪失だって嘘なんだろ?」
「質問攻めだね」
 姉は苦笑した。
「はぐらかさないで、全部教えろよ。なんで此処いるねの中の人をやろうと思ったの? どこかで募集があったりするのか?」
「ああ、そういう風に解釈するよね。普通は」
「配信の内容だって、中の人が変わっても異常なまでに一貫性がある。過去のアーカイブ全部見たりして模倣してるんだろ。姉ちゃんがそんなに器用だと思わなかった。いつの間にそんな芸達者になったの」
「一貫性があると思ってくれてるんだ……それは嬉しいな~」
 にこにこと嬉しそうに姉は笑う。喋り口調は配信のときのままのテンションを保ち続けていた。
 俺は姉と会話しているはずなのだが、此処いるねというキャラクターと対話しているような錯覚に陥りそうになる。

「俺の質問に答えてよ」
「真実を伝えた所で、信じるとは思えない……けど、まあガクになら話してもいいかな。ガクは自分が設楽 学という一人の人間であることをどうやって証明できる?」
「はあ? わけわかんねえこと言い始めるなよ」
 突飛な質問に、俺は顔をしかめた。それを気に留めず、姉は話を続けた。
「まあまあ。自分という存在をどうやって認識してる?」
「そんなの、俺が俺なのは見ての通りだろ。俺の肉体があって、これまで生きてきた記憶があって、俺の人格があるから俺は俺だ」
「そうだよね。でも人間の細胞は常に新陳代謝によって入れ替わってる。何年だったかは忘れたけど、ほとんど別の細胞に入れ替わった肉体は同じだと断定できると思う?」
「テセウスの船か……それに関しては、俺は周囲の人間が俺のことを設楽 学だと認識し続ける限り、俺であり続けると思う」
「周囲の人間が君であると断定する材料は?」
「俺の記憶と人格が過去と相違ないことじゃないか」
「じゃあ認知症になったガクは、設楽 学の要件にたり得ないね。人間の人格だって、歳を重ねると変貌していくものだよ」
「それは……」
「結局のところさ、人間の同一性は肉体に依存していると私は考えているんだ。君の精神が君の肉体にとどまり続ける限り、君は設楽 学であると証明ができる」
「つまるところ何が言いたいんだ?」
「私は私の存在を立証することが出来ないという話だよ。だからこれから話すことを信じることが出来なくても、私は仕方がないと思っているわけ」
「話の筋が見えない」
「私はね……此処いるねは、実体を持たない精神生命体なの」
 真剣な表情でそう告げる姉を見て、俺は困惑する。厨二病はもう卒業してきたんじゃないのか?
 
「意味がわからないが…………とりあえず話は聞こうか」
「頭ごなしに否定しないんだね」
「何を言い始めたんだコイツは、とは思ってる」
「本当にそうだろうね。まあ、長い話になるだろうから座りなよ」
 そう言って姉はベッドのほうを指さした。俺は座るかどうか少し迷って、姉からある程度距離を離してベッドの端に座った。
「私という存在が生まれたのは、恐らく2000年。断定できないのは、生まれた頃の記憶がはっきりとあるわけではないから。でも私が乗り移れる身体の人間は今のところ全員出生が2000年の日本国民なの。約119万人の人間の身体を私は行き来している。設楽真彩は2000年生まれの25歳でしょう?」
 姉は確かに2000年生まれだ。
「うん……乗り移れるってことは、幽霊みたいなもんってこと?」
 とりあえず俺はこのでたらめな話に乗っかってやることにした。
「その認識で概ね間違いないけど、なんていうのかな……霊体だけで宙に浮かんでるとかそういうのは無い。常に誰かの身体の中に私は居る」
「仮にその話が本当だとして、姉ちゃんの身体を乗っ取って、返さないつもり?」
 俺は半笑いで此処いるねに問う。
「それが出来たら苦労しないよ。私が一人の人間の中に居続けられるのは個体差にもよるけど、最長保って3ヶ月が精々ってところかな。多分1人分の肉体には2人分の魂は入れないんだ。異物ははじき出される。ちなみに最短では1時間で身体を乗り換えることができるよ」
「じゃあ、今すぐ姉ちゃんから出ていってよ」
「まあそう焦りなさんな。こんな話をできる機会はなかなか無いんだからさ」
 彼女は足を組み替えて、自嘲気味に笑った。
「……なんで姉ちゃんに乗り移ったの?」
「乗り移れる相手は完全にランダムだから理由なんて無いよ。たまたま偶然。ここに留まり続けているのは、設楽真彩が女性で、配信できそうなスペックのパソコンとインターネット環境があったから」
 たしかに姉はパソコンでゲームをするので、そこそこのスペックを積んでいる。
「パソコンのパスワードはどうやって突破したんだよ」
「iphoneはFaceIDでパスワード一覧みれるでしょ。その中で頻出するパスワード入れたら突破できた。同じパスワード使いまわしてる人ってありがたいわ。女性で配信に耐えうるスペックのパソコン持ってる人って中々巡り合わないのよね。巡り会えてもパスワード突破できない時もあるし、今回は運が良かったわ」
「なんで女性に固執するんだ? 精神生命体なら性別無いんじゃないのか」
「そりゃまあ男の人の中にいる時もあるし、私に性別はないけどさ、Vtuberやるなら、可愛い女の子のほうがいいじゃん。バ美肉も考えたけど、やっぱり居るなら女の子のほうがいいんだよね」
「ふうん……でも自由に身体を乗っ取れるんだったらさ、勝手にPCとか機材買えばいいじゃん」
「配信スペックの要件を満たしたパソコン買おうと思ったら云10万円かかるじゃない。たった3ヶ月のためにその人が働いたお金を二桁万円消し飛ばすほど私は悪人じゃないよ。まあ、余程の金持ちだったら話は別だけど。でもそうそう当たること無いから普通に働いてる人からは、自分が最低限生きていくためのお金しか使わないよ。ただでさえ身体を拝借してるんだから申し訳ないし」
「なるほど……でも記憶喪失だって嘘ついて勝手に休職はするじゃん。その人の3ヶ月の時間や給与を奪ってるとは思わないのか?」
「痛いところをつくね……まあまず記憶喪失だって嘘をつくのは私にとってそれが一番都合がいいから。ランダムに飛ばされた肉体の記憶なんて私は持ってないし、その人になろうと探りを入れて一生懸命話を合わせたり誤魔化したりしてもいつかはバレてしまう。バレた時の人間からの反応って怖いものだよ。特に親なんかは。小学校の中学年の頃に記憶喪失って物を知って、これは使えると思ったの。だって本当に知らないものは知らないんだからさ。最初っから覚えてないことにしておけば、3ヶ月くらいはやり過ごせるものよ」
「最短1時間で身体を乗り換えれるんだったら、ずっと変え続けていればいいじゃないか」
「そうしてた時期ももちろんある。でもね、ずっと環境が変わり続けるって相当ストレスだし、乗り換えた瞬間が必ずしも平穏な訳では無いの。世の中には色んな家庭や人がいて、虐待を受けている人に乗り移った時は悲惨だったな。まさに暴力を振るわれてる瞬間に出くわすこともあったし。事故や病気で死にかけの人の中に入ったこともある。完全に修羅場の中に放り出されたこともあったし、あと困ったのはたまたま受験の日に乗り移っちゃった時ね。できるだけ勉強は取り組んでたつもりだけど、多分私のせいで大学落ちた子がいる。可哀想よね。だから私はできるだけ日中には乗り換えないようにしてるの。人が活動してる時間は避けて大体深夜から朝方を狙ってる。それでもまあ、事故ることがあるけど。トラック運転手の人に乗り移った時は焦ったな。デカいトラックで高速運転しなきゃいけないんだもん。あと大人になってからは3ヶ月居座る人もちゃんと選んでる。預金残高がちゃんとあるだとか、一人暮らしで人付き合いが無さそうだとか、実家住みでも家族仲が良さそうだとか、私がなにも知らなくても働けそうな職場に勤めてるとか色々条件はあるけど、概ね3ヶ月くらい不意にしても大丈夫そうな人を狙ってる」
 その語り口調は淀み無く、その場ででっち上げた嘘にしてはリアリティがあるなと思った。そして依然として喋り方や抑揚の付け方が、配信でよく聞いている此処いるねと酷似している。
 
「なんでVtuberやることに固執してるの? 他にも色々やることの選択肢はあるじゃん」
「そうね……受肉って言葉に惹かれたからかな。Vtuberって自分で自分の肉体を定義できるじゃない。私は生まれてからずっと誰かの身体を借りて生きてるから、つまるところ自分の肉体が欲しかったの。賛否両論あれど、ガワが変わらなければ中の人が変わってもその個人だとして扱うのが界隈のしきたりでしょう。実際中身が違っても、同一人物として名前を呼び続ける姿勢が私にとっては希望に見えた。現に活動していく中で私を見続けてくれている人もいるしね。私が連続する魂の1個体だと、本気で思ってくれてるとは思ってないけど、それでも私を此処いるねとして扱ってくれるのが嬉しいんだ。それとYoutubeってアーカイブが残るから、ささやかながら私の存在証明になるじゃない。私が持っておけるものなんてほとんど無いの。戸籍も名前もないし、何か物を買っても3ヶ月でその肉体とはおさらばだし、お金を稼いでもそれを貯めておける口座は無い。誰かと恋をして子どもを授かっても、私のDNAは存在しない。私が所有しているものは、自分のこれまでの経験や知識と、インターネット上のアカウントとクラウドに保存してある諸々のデータだけ」
「……誰かお前の存在を信じてくれた人はいないの?」
「小さい頃は居たよ。私も私が存在することを必死に訴えかけてたからね。山梨に住んでる佐藤祐介くん、北海道の川谷梨子ちゃん、千葉の源嘉代子ちゃん……大人は東京の川西のおじいちゃんと筒見妙子さん。こどもの頃なんかまだスマホもないし連絡手段を思いつかなかったからさ、みんな今どうしてるのか知らない。信じてくれる人は稀に現れるけど、大人になるにつれて主張するのは諦めた。存在を否定され続ける事に疲れちゃったんだよね。……その点インターネットはいいよ。ツイッターをできるようになった頃は嬉しかったな。文字だけの情報なら、当たり前のように私のことを1個人として扱ってくれたから」
「ツイッターでは自分の正体を明かしたりしてないのか?」
「してないよ。人間扱いされたいから。Vtuberの活動でもこういった話はしてないでしょ」
「……仮に俺が話を信じたとしてだ。なんか、辛くないの? 誰にも自分のことをわかってもらえないって」
「辛いよ。辛いけどこれが私の普通だからさ。いつまで続くんだろうね。私って死ぬのかもわからないし」
「同じ境遇の人と出会ったこともないのか?」
「無いね。生き物なら親がいるはずだけど、私がどうやって誕生したのかもわからないし、そもそも私を生命だと定義つけることができるのかも謎だよ。エブリデイって映画知ってる?」
「知らない」
「毎朝、別人の体で目覚める霊体の主人公が、リアナンという少女に出会って恋に落ちる話なんだけどさ。私みたいな存在が本当に居るんじゃないかって思ったけど、作り話だった。あとやっぱり映画の中みたいに現実は上手く行かないね。私の存在を認めてくれる人なんて稀有だからさ。ここまで話したけど、信じられる?」
 
 ここで俺が信じると言ったらどう反応するんだろう。もし姉が長々と嘘をついているのであれば、ネタバラシをしてくれるんだろうか。
「……信じられない」
 信じて馬鹿にされるのが嫌だったので、俺はそう答えてしまう。
「だよね。それがまともな人間の反応だよ」
 彼女は静かに笑った。すべてを諦めているような笑顔だった。姉がするような表情には見えないそれを見て、俺の心は揺れる。
 荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい話だとは思う。人を騙そうって言ったっていくらなんでも根拠がなさすぎるし、まるでファンタジーだ。
 でも姉がどうしてこんな嘘を吐くのか理由がわからない。いつもの戯れのような虚言とはまるでわけが違うスケールだ。家族全員に対して嘘をついて病院にまで連れて行かれて、最終的に言い出すことがこれだと流石に正気を疑う。精神病にでもなってしまったのではないかと思う。そうだったとしたら、これからの長い姉の人生はどうなってしまうのだろう。虚言を吐いて妄想に取り憑かれたまま、二度と元の姉に戻らないのだったとしたら……考えるだけでもゾッとする。
 
 しかし、もしもこの眼の前にいる人物が本当に精神生命体なのであれば、誰にも存在を肯定してもらえない人生を歩んできたのだとしたら、この広い宇宙の中でたったひとりきりなのだとしたら。それはとても悲しいことなんじゃないかとも思った。それ程までに彼女の語り口調は淀み無く、此処いるねらしかった。
 
 1年を通して配信を見てきたから、此処いるねの人となりは知っているつもりだ。もちろん配信で見せてくれている1面だけが、彼女の全てだとは思っていない。それでも、くだらない雑談やオタク語りを通して、彼女と過した時間は確かに楽しかった。楽しかったからこそ、此処いるねという存在を否定したくない気持ちが俺の中にはあった。姉が精神異常者になったことを認めたくない気持ちもあるのかもしれない。今言ったことは全部嘘だよ、ドッキリでしたと言われたなら俺は安心するだろう。

 最長3ヶ月だと彼女は言った。気にしてみていなかったが、確かに此処いるねの中の人が3ヶ月以上変更されなかったことはないように思える。
 
 俺は幽霊やUFOやUMAを信じている。居たほうが世界は面白いと思うからだ。
 だから眼の前のこの不思議な存在を、嘘でもいいから信じてあげたいとそう思った。
 
「…………信じられないけどさ…………信じてみたいと思う気持ちはあるよ。馬鹿みたいな話だし、信じるに足る根拠も無いけどさ。俺、いるねの配信好きなんだよ」
「……ガクは優しいね。詐欺とかに引っかかったりしない? 怪しいセールスとかで、壺とか買わされたりしないように気をつけなよ」
「なんだよそれ」
 此処いるねは笑いながら目元を拭った。
「私の話を聞いてくれてありがとう」

  それから此処いるねと話し合って、うちに3ヶ月居させることにした。さすがに3ヶ月も休職すると姉が困るので、記憶喪失の設定のまま職場に行かせ、仕事をいちから教えて貰う事にした。
 最初は不安がっていたが、接客業の経験はあるらしく程なくして職場になれたようだった。昼は働いて、夜は配信をする。その間何度も姉の部屋に突撃し、彼女と会話をしたが姉らしい素振りを見せることは一切無かった。
 配信の中の此処いるねと同じく、彼女は口が達者でずっとこれまでの人生であったことや、好きな作品やキャラの語りをベラベラと喋っており面白い女だった。その暮らしが一ヶ月経って、俺は彼女にある提案をした。
 
「自己紹介動画作ったら?」
「えーなんで?」
 姉の部屋の中で、PCの前に座りXのTLをスクロールしながら彼女は俺に聞き返す。俺は床にクッションを敷いて胡座をかき、姉の本棚から引っ張り出して読んでいた漫画を本棚に戻した。
「此処いるねが精神生命体だって告白する動画を作るんだよ」
「今更言ったところでな~。ガクみたいに信じてくれるお人好しばっかりじゃないよ」
「数年分のアーカイブがあるからこそ、説得力があるだろ。それに信じないやつは信じないやつで、そういう設定なんだと思って受け入れてくれると思うんだ。配信もやりやすくなるんじゃない?」
「そうかな。でも私動画編集したことないよ。面倒くさくて」
「今配信してても視聴者集まんないし、short上げたほうが絶対いいって。自己紹介出した後にいるねがこれまで精神生命体として生きてきて困ったこととか、面白かったこととか、そういうの簡潔にまとめて出したら面白いと思うんだけどな。チャンネル伸ばそうよ」
「別に今の規模で満足してるからやる気ないな。収益化目指しても私銀行口座持ってないし」
「俺の口座あげるよ」
「はあ?」
 俺の発言に此処いるねは椅子をくるりと回転させ、こちらの方を見る。
 
「親が子どもの頃に作って使ってない口座あるから、そこに金貯めればいいじゃん」
「あ、さては持ち逃げする気だな」
「しないしない。他人の金使って罪悪感あるんだったら、自分で働いて貯めた金使えばいい。歌動画出してないの、MIXとかイラストとか動画の発注他人の稼いだ金でやりたくないからなんだろ。勿体ないよ。歌上手いのに」
「私が口座悪用したらどうするの。てか通帳とカード無いと引き出しとか預けるの出来ないじゃん」
「いるねが悪用しないことを願うしか無いわけだけど、カードとかは次身体乗り換えたらDMで住所送ってくれれば郵送する。んでまた身体乗り換える前に俺に送り返してくれればいい。そしたら口座使えるだろ。オーディオインターフェイスとかマイクとかもこれから先買うんだったら、俺のとこに一旦送ればいいよ。送り返すから。あ、でも流石に送料とかは負担して欲しいな」
「……どうしてそこまでしてくれるの」
「推しだから?」
 俺の顔を見て、彼女は大きなため息を吐いて片手で顔を覆った。
 
「お人好し過ぎるよ。これから悪い人に騙されないか本当に心配。絶対借金の連帯保証人になったりしちゃ駄目だからね」
「それくらい分かってる。口座いるの? 要らないの?」
「そりゃあったら便利だけどさあ……私への好意だけで成り立ってるってことでしょ。ガクへのリターンがないのにそれは受け取れないよ。あと確定申告どうするの」
「うーんじゃあ月々1000円払ってよ。確定申告はよく分かんないけど、俺の名義の口座だから俺がするよ」
「そんなに安くていいの?」
「いるねがVだけで稼げるようになれるかどうか分かんないし。まあ人にもよるけど、登録者4,7万人の収益が年間172万とかの世界だからな。稼げるようになったら請求額増やすって方式で。アプリで俺も口座の明細確認できるし、都度相談しよう。もし他人の金盗んで口座に突っ込んだりしてるのもやったら俺にバレるからな。そういうことがあったら口座は凍結する。これでどう?」
「私が大金盗んできても、競馬で勝ったとか嘘ついてたらどうするの」
「嘘ついたりしないって信じるしか無いだろ。やろうと思えば人の体で犯罪し放題なのに、犯罪してないいるねの善性を信じてる」
「確かに犯罪はしてないけどさあ……本当にいいの? 後悔しない?」
「まあその時はその時だろ。お前のことって法律で裁こうにも裁けないし、裏切られたら俺が傷つくだけだよ。そんなことしないよな?」
「しないよ。約束する」
「じゃあ収益化目指して頑張るしかないな」
 

bottom of page