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第19話 授業

ウサボの異界への移送も完了し、授業が始まってから1週間経過した。

ジェイミーの授業方式は独特である。特に部屋で座学をするわけではなく、日課の庭いじりをしながら行う。

朝の日差しが眩しい中、カミラはメモ帳を持ちながら汚れてもいい服で話を聞いていた。

 

庭のホースから水を撒きながらジェイミーが、魔法応用理論Ⅰの内容を語り、都度質問があればカミラが口を挟む方式だ。

途中肥料を持ってきたりだとか、植物の葉の剪定が挟まったが、ジェイミーはカミラが口にした疑問に対して、すぐさま明確な答えを提示してくれたり、自力で答えに辿り着けるよう思考を誘導した。

話の運びもうまく、教室という箱に詰め込まれた退屈な授業とは雲泥の差だった。

 

質問から話が逸れても、そのまま違う分野の興味を誘う話題をし、そこから関連付けてきちんと元の内容に戻ってくる。

授業の内容に合わせて、カミラに魔法の再現を要求することは何度かあったが、その指導も適切なものだった。

カミラの魔法の癖をよく理解しているので、うまく行かなくてもすぐに矯正ができた。鋭い洞察力と、頭の中に膨大な知識が入っていないと出来ない芸当である。ジェイミーはカミラに負けず劣らず、記憶力がいいらしい。

 

「先生って、物覚えがいいですよね」

カミラは運ぶように指示された、白い花弁が可愛らしい小さな鉢を抱えている。

投げかけられた言葉に、ジェイミーはぱちくりと瞬きをした。

「全然。一週間前に食べたものとか覚えてないし、円周率言えないよ」

「でも授業内容、何一つ取り漏らしがないじゃないですか」

 

ジェイミーと屋外で授業をしたあと、彼は話した内容から発展した形での質問をその場で書き連ねて渡している。自由記述方式でカミラは別紙に書いて提出する。そういうやり取りの宿題を繰り返していた。

カミラは1度聞いただけでは確証の持てない部分が有るので、教科書を読み返したり、彼が質問用紙に丸っこい字でヒント!と書いたタイトルの書物を読んで復習をするのだが、それにしたって内容が網羅されていた。

 

「……時間だけはあるから。何度も読んで、頭に入っちゃったのかもね。何事も反復だよ」

「エルフって、どれくらい長生きなんですか?」

カミラはあの夜からエルフという種族に興味が湧いていた。宿題をこなしていると授業外の書物を読み漁る暇がないので、こうしてさりげに会話に挟んで情報を引き出そうと試みているのである。

「さあ…………みんな寿命が来る前に病死するか、事故死するか、その他の外的な要因で死んでるからなぁ。老衰は聞かない。知ってる中で、一番長生きなのが数千って聞くけどまだピンピンしてるよ」

「じゃあ、先生って年いくつなんですか?」

鉢植えを並べ終え、ジェイミーに背を向けたままカミラは尋ねる。

「気になる?」

その声にまた踏み込みすぎたかもしれないと思ったので、カミラはつい黙ってしまった。

それを見てジェイミーは、言葉を探したが勇気が出ず、結局はぐらかす方へ傾いてしまう。

 

「今日の座学はこれでおしまい。お昼食べたら魔法石の錬成についてやるからね」

「……わかりました」

手にしていた軍手を取り、カミラからメモ帳を受け取ると、サラサラと今日の分の課題を書き連ねる。

「はい、今日の宿題」

「ありがとうございます」

カミラにメモ帳を返すと、質問を続けたいような、続けたくないような顔をしていたので、ジェイミーはまた逃げの姿勢に入る。

「僕はもうちょっと庭いじってから行くから。今日のお昼の当番どっちだっけ?」

「私です。お昼何か食べたいものはありますか」

「うーんそうだな。卵があるから、オムレツがいいな」

「了解です」

ジェイミーはカミラが背を向けて屋敷へ帰っていく様子を眺めながら、このままではいけないなと思っていた。

 

ジェイミーはここ数日、隠している秘密を打ち明ける機会をずっと伺っている。

授業を開始してみた所、思っていた倍カミラの理解が早いのである。

3日はかかると思っていた宿題は次の日には出してくるし、適当にやっている訳では無い。きっちりと内容が詰まったものだった。

エルフがのんびりしているというのもあるが、自分が13年かけて頭に叩き込んだ知識を彼女はスポンジのように吸収していく。

いざ始めてしまえば、カミラに魔法を教えるのは楽しかった。

いくら勉強してもこれから何の役にも立たないと思っていた魔法の知識が、人の役に立っている。自分のことを必要とされているのが嬉しい。

 

しかし、何をどうしてもこれ以上魔法の実践を極力排除したまま、ものを教えることができない。

ユアンからもらった指輪を使っても良かったが、彼女の洞察力は鋭い。至近距離では、魔法を全然使ったことがない人の魔力の流し方はすぐにバレてしまう。それに、もうそろそろ魔法石の耐久力がなくなって壊れる寸前なのである。

ジェイミーが魔法を使えないことを隠すのは限界だった。

 

スプラウトヴァージュ邸の地下室。そこは所謂研究室であった。

石造りの壁は寒々しく、そこに運び込まれたスチール製の棚には、膨大な書物や紙の束が所狭しと詰め込まれている。

ありとあらゆる魔法道具が棚に、地面にと溢れかえり、薬草や薬の類がこれまた驚くほど置いてある場所だった。

学院の魔法薬学の研究室でも、ここまでの設備が揃っていることはない。この場所ならば、どんな魔法具でも、魔法薬でも作れることだろうとカミラは思った。

 

そして二人は、虹色の油が煮えたぎる大きな釜の前に立っている。

 

「魔法石がどうやって出来るかは知っているかな」

「鉱山から自然発生するものと、人の手で合成する方法がある……でしたっけ」

「そう。コレが合成魔法石のもととなる材料が煮詰めてある釜です」

ジェイミーは釜の方を指さした。さながら三分クッキングの司会者である。

「材料は何なんですか?」

「エーテル鉱石とドラゴンの結節鱗、霊草エスカルティアから抽出したエキスなど……細かいのを言うと長いから省略するけど、構成の大きな役割を担うのはこんなものかな。どれも一般流通はしないので、簡単には作れません」

「精製にあたって、なにか法的な措置はあるんですか?」

「魔法石自体の精製に特殊な免許や資格は要らないけど、設備と材料が、そこらの一般家庭で用意できるものではないかな」

「なるほど」

「この釜も特殊な金属で作られているので、中身が漏れ出ないようになっています。鉄とか錫だと、溶けちゃうからね」

 

ジェイミーはそう言いながら革の手袋をはめて金属の棒を手にする。

酸化したギラギラの膜を突き破って棒が液体の中に入っていくと、そこから徐々に液体が結晶化していった。

「魔力伝達ができる金属に、魔力をゆっくり流しながらこうやってかき混ぜてやると、棒の先に結晶が発生するんだ」

鍋の中から棒を引き抜くと、そこには歪な形ながらも真っ赤な石がくっついていた。

「おおー、綺麗ですね」

「人の魔力によって色が変わるんだよ。ぼくは橙色とか赤が多いかな」

 

ジェイミーはそれをペンチでバキバキ剥がすと、専用の金型に放り込んでプレスする。

完全に硬化してしまう前なら、ある程度の形成が可能なのである。圧縮したものは綺麗なひし形の宝石になった。

 

「カミラもやってごらん」

カミラは意気揚々と手渡された棒を釜の中に突っ込む。

「魔力ってどれくらい流せばいいんですか」

「少しでいいよ。ゆっくり流し込んで」

「了解です」

魔力を少しずつ流し込むと、棒の周りに黄緑色の結晶が発生し始める。

「これでいいですか?」

「うーんあともうちょっと大きく……」

ジェイミーがそう指示した瞬間、鍋の中身が黄金に発光しはじめた。

 

「えっ?」

「まずい!」

カミラは驚いたが、棒は離さずそのまま突っ立っていたので、ジェイミーは彼女の腕を勢いよく引っ張り抱き寄せて、防御魔法をめいいっぱい展開した。

バァン!!!!という大きな破裂音と共に、鍋の中身が爆発する。

 

「あちゃ~……」

もくもくと煙が部屋の中に充満していった。

「げほっ」

「な、何が起こったんですか……?」

カミラが手をわなわなと震わせながら呆然としているので、ジェイミーは「ごっ、ごめんね! びっくりしたね!」と言った。

自分が魔法を使えなかったら、カミラが怪我をしていたかもしれない。そう思うと急に血の気が引いて、肝が冷えた。

抱き寄せていた手を離し、努めて平常心を保とうと、そばにある大きな換気扇のスイッチを入れる。ゴウンゴウンと音を立てながら羽が回転した。程なくして部屋の中の煙は退散する。

「流し込む魔力量が多いとたまにこうやって爆発するんだよ。危なかったね。事前に伝えていなくてごめん」

「な、中身とか飛び散ってないですか?」

「大丈夫大丈夫。ほら」

 

ジェイミーが鍋の底を指差すと、そこにはバスケットボール大の黄緑色の透き通る魔法石が発生していた。

「液は殆ど凝縮されてなくなっちゃったけど、廃棄に困ってたし結果オーライだよ……」

大きな鍋の底から「よっこいせ」と魔法石を取り出す。金型には入り切らない大きさなので、鉄の板で急いでベコベコ叩いて歪な正方形になるまで成形する。

「立派なのができたね」

「これ、全部魔法石ですか……」

 

カミラはずっとビックリしてしまって開いた口が塞がらなかった。拳大の魔法石が最大の大きさだと思っていたが、まさかこんなに大きなものが発生するとは。

 

「天然物よりは性能は劣るけど、これだけの大きさがあれば結構使えるんじゃないかな。ユアンのところに売りにいけばいいよ。魔法石の回収もしてるから」

「へえ……」

 

彼女がまだ放心しているので、ジェイミーは心配そうに顔を覗き込んだ。

「怪我はない? 煙を吸って気分が悪いとか……?」

「大丈夫です。守っていただいたので」

「ならよかった……」

安心して息を吐きながら、ジェイミーが革の手袋を外す。そうすると指輪についた魔法石が砕けて床に落ちた。カラコロと転がってそれはカミラの靴の先に当たる。

「あの、先生なにか落ち……」

 

カミラは屈んで、拾った赤い小粒をまじまじと見ていた。

「魔法石?」

「あっ」

ジェイミーが指にはめていた指輪を確認すると、丸々台座から魔法石がなくなっている。

そして運の悪いことに、魔法力を失った指輪は、指にピッタリと収まっていたサイズから元の大きさに戻り、すっぽ抜けて床へ転がってしまった。

行き先はカミラの足元。

彼女はそれを拾い、「むむ……」と眉間にしわを寄せた。

顔面から更に血の気が引いていく。

ジェイミーは、もう何もかもを隠し通すには限界だと改めて実感していた。

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