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第18話 ラルポスカルパン4

東屋の方へ移動しながら、やってきたサンドリーに一部始終を説明すると、彼女は「とにかく君たちが無事でよかったよ~」と大きく息をついた。

 

魔法生物保護協会の面々は、いつの間にか他の密猟者も全員ひっ捕らえたらしく、一行が東屋に着くとあとから到着した魔法警察の職員が密猟者たちの身柄を確保していた。

と言っても、密猟者のうち3人しか魔法使いがおらず、あとは全員地球側の非魔法使い。魔法使いを早々に撃破し、残った逃げ惑う作業員を捕まえたわけである。

カミラの思った通り、彼らは優秀らしかった。

密猟者たちは項垂れて、魔法警察に連行されていく。

 

「お疲れ様です」

魔警の男がサンドリーに向かって声をかける。

「お疲れ様です、サンドリーさん。それで最後ですか?」

ツタでぐるぐる巻きにされてまだ失神している男を見て、魔法警察は困惑した表情を浮かべていた。

「あと一人白髪の男がいるらしいんだけど、恐らく転移魔法で逃げられちゃいました」

「転移魔法?そんな大技を使える者が?」

「超短距離型の魔法具を使用したのかも。魔力の痕跡を辿ると屋敷の外に通じていたので、もうここには居ないと思うなあ」

「分かりました。すぐに捜査班を派遣します。場所は?」

「ああ、案内します。ついてきて下さい」

 

大人たちが喋っているのを脇目に、集められたウサギサボテン達はワイワイと鳴き声をあげていた。

ジェイミーは腕に抱えたケージからウサギサボテンを出し、魔法生物保護協会が持ってきたケージに移してやる。

「ミーメムメム、ミー……」

ケージから出した最後の1匹が、ジェイミーの手から離れようとしない。

「ダメだよ。今日でお別れ。君たちは新しい場所で暮らすんだよ」

「メムー」

「きっと新しい住処もいい所だよ。君たちの群れごと受け入れてもらうから寂しくないよ」

「ミー……!」

「ぼくとお別れするのが寂しいの?」

うさぎサボテンはジェイミーの指にひし……と抱きついた。

「ぼくはついて行けないよ……仲間と元気に暮らすんだぞ」

「ヘム……」

名残惜しそうにウサギサボテンはジェイミーから離れると、他のウサギサボテンたちのいるケージの中に収まった。

ジェイミーは心が痛んだが仕方がない。彼らは異界に行けても、自分は立ち入ることを許されていないのだから。

 

「スプラウトヴァージュさん。ウサボの集計終わったっす。全部で250匹で問題ないですか?」

魔法生物保護協会の背の高い職員がジェイミーに話しかける。確かミントと呼ばれていた男だ。サンドリーが魔警の相手をしている間彼が副リーダーのように動き回っていた。

「うん。250匹で間違いないです……ちょっと時間貰ってもいいですか?」

「良いですけど、何かするんすか?」

「群れごとにお別れしておこうかなと思って」

そう言うと、ジェイミーは一つ一つのケージの前にしゃがんで、ウサギサボテン達と喋り始めた。

「ミー!」

「うん。……そうだね、ぼくも寂しいけど頑張るよ。きみは毎年秋にどんぐりを持ってきてくれた子だね。新しいお家もきっとたくさん木の実があるよ……」

その様子を眺めて、カミラは本当にこの人は優しいんだなと感心していた。

そんなに寂しくないと言ってきた割には、1匹1匹を判別できているようだし。ちゃんと思い出もあるようだった。

「いや~、一人密猟者は取り逃がしたとはいえど、今回は1匹も連れて行かれなくてよかったっすね」

作業員の背の高い男は手持ち無沙汰になったので、カミラに話しかけた。

「みんなが無事で良かったです」

「しっかり俺たちがノヴレッジ異界まで運ぶんで。そんなに心配そうな顔しなくていいっすよ」

彼は力こぶを作って腕を叩いた。

「私、そんな顔してます?」

自分の顔を指さしたカミラを見て、男は軽く笑う。

「はは。遠慮せずに、お別れしてきたらいいのに」

「私は、彼ほどウサギサボテン達と仲良くないので。出会って日も浅いし」

「そうなんだ。じゃあこれから増える子と、仲良く出来たらいいっすね」

「……そう、ですね」

 

朗らかに笑う作業員の男を見て、あと3年か。とカミラは思った。

早く英国に帰りたいと思っていたけれど、これから先が名残惜しくなるんだろうか。

 

とうとう涙ぐんできてしまったジェイミーを横目で見ながら、そうなったら良いなとカミラは思った。

 

密猟者が逃走した現場を案内し終わったサンドリーが、東屋に帰ってくる。

「ジェイミーくん、カミラちゃん。今回はお手柄だったね~。手伝ってくれてありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

カミラは謙遜したが、褒められて当然だという顔をしていたので台無しだった。こういう所は本当に素直に顔に出るのである。

ジェイミーはそれを見ながら、ちょっと笑いそうになってしまった。

「サンドリーさんもありがとうね」

「こちらこそ! 引き取った子たちは大切に運んで、新しい住処でしっかり面倒を見るからね~」

「よろしくおねがいします」

こうして、ウサギサボテン達は魔法生物保護協会に引き取られ異界へと運ばれていった。

 

魔法警察はスプラウトヴァージュ邸をくまなく捜査し、不審者が居ないことを確認する為にしばらく居座った。これから数日は、屋敷の周りに警備の人が来るようだ。

 

喧騒が落ち着き、カミラとジェイミーがやっと一息つけたのは0時を回ってからだった。

 

カミラはリビングのソファーにぐてっと座って、お茶を飲んでいた。

擦りむいた膝がヒリヒリするので、シャワーを浴びるのが億劫なのである。寝る前に汗を流してしまいたかったが、痛いのは嫌だなあとグダグダしていた。

ジェイミーは小腹がすいたので夜食のカップ麺に湯を注いでいた。カミラにもいるかと聞いたが、夜食は太るから取らないと返され、一人ラーメンタイムというわけだ。きっちり三分待って、ダイニングテーブルではなく、リビングのソファーにやってきて持ってきたカップ麺をすする。

テレビからはニュースが流れていて、とりとめのない内容ばかりだった。

 

ジェイミーはカミラにお礼を言わなければいけないな、と思っていた。

「今日はありがとね。手伝ってくれて」

「お役に立ったなら何よりです」

カミラは疲れのにじむ声で返した。

「膝大丈夫?」

「ちょっと痛い」

「むむ……」

ジェイミーは患部をじっと見ると、「ちょっと待ってて」と言って別の部屋に姿をくらます。

 

ラーメンが伸びてしまうだろうに。この人は自分より他人が優先なんだなとカミラはぼんやりと思った。

ほんの束の間、睡魔がやってきて目を閉じていたが、扉の開いた音で目を開く。

彼がリビングのドアを開けて持ってきたのは、茶色の小瓶だった。蓋の部分がスポイトになっており、そのまま薬品を垂らすことが出来るようになっている。

 

「魔法薬つけても良い?多分コレですぐに治るよ」

「ありがとうございます。いいんですか?」

「あっても使わなかったら意味ないからね」

ジェイミーはカミラの前に跪いて、瓶の中から液体を吸い上げる。

緑色の薬品が患部に垂らされると、一瞬痛んだ。

「!」

「ごめんね。ちょっと痛いよ」

カミラは声は出さないように、目を大きく見開いて息を呑む。先程の眠気は吹き飛んでしまった。

じわじわと痛みが熱さに変化し、数分で傷が完全に閉じてまっさらの肌に戻る。

 

「……きれいに治ってよかった」

ジェイミーは密猟者との戦闘で、カミラを前に立たせた事を後悔していた。

勇敢に敵に立ち向かい、第1に自分を守ろうとしてくれた彼女には頭が上がらない。自分が魔法が使えないとは知らないはずなのに、当然のようにカミラはジェイミーのことを守ってくれた。

自分が先生なのだから、彼女のことをきちんと守ってやらねばいけなかったというのに。

彼女の傷は、もっと強ければ、普通に魔法が使えれば、できなかったはずのものだ。

だから、薬品庫の中にある最上位のポーションを持ってきたのである。時価総額に直すと1滴で軽めの宝石を三個は買える程度の品だったが、せめてもの償いだった。これくらいしか自分が差し出せるものがないのだから。

 

「ありがとうございます」

「痛いのはしんどいからね。他に怪我してない?」

「多分背中」

「あー…………自分でできる?」

ジェイミーは目を泳がせて瓶の蓋を閉じた。

「できます。だいじょぶ」

その言葉にほっとする。流石に背中とはいえど、年頃の女の子の上裸を見るのは問題がある。塗ってくれと言われたらどうしようかと思った。

「お風呂の前に使いなね。コレ持って行っていいから……」

「どうも」

中身の液体がとんでもない値段であることを知らずに、カミラはジェイミーから瓶を受け取った。

またジェイミーはソファーに座り直し、夜食をすする作業に戻る。

 

「先生って、杖なしで魔法使う人ですか?」

唐突な質問にジェイミーはゴホゴホとむせた。口の端から麺が飛び出そうになるのを抑える。

「ごほっ、えほ、……ま……まあそうなるかな」

「今日の魔法すごい威力でしたね」

「調節が難しくて……」

「あれだけの魔法一発打ったら普通の人はすぐに魔力枯渇しますよ」

「だよね~……」

 

ジェイミーは遠い目をして空中を見つめた。

あれだけの威力の魔法が出るとは自分でも思っていなかった。何度か自室で簡単な魔法を使ってみてはいたものの、やはり緊急時となると話が違う。普段から魔法を使っていないつけが回ってきたようなものだった。あまりにも魔力操作が不安定すぎる。

そして自分の魔法で破壊された庭を修復するのにも、また時間がかかるだろうなと思うと気が重たかった。

そんなことは知りもせず、カミラは脳天気な声で喋った。

 

「いいなあ。エルフの魔法力……」

「えっ?」

「長生きでなおかつ、魔力も豊富。羨ましいです」

「そう、……そうかなあ? そんなに良いものでもないよ」

「長い時間生きれるならその分、興味のあることの研鑽を積めますし、どこが嫌なんですか?」

「うーん……長い時間生きるのは、やっぱり寂しいよ」

ジェイミーはつい本音がポロリと漏れた。

「寂しい?」

「……うん。みんなぼくよりも先に成長して死んでしまう。大切でも、ぼくと時間の流れが違う」

それを聞いて、カミラは率直に浮かんだ疑問をぶつけた。

 

「同種と一緒にいればいいんじゃないですか?」

「それが出来たらいいんだけどね。……ここだけの話、ぼくって嫌われ者なんだ。エルフからも、魔法族からも」

その言葉にカミラは驚く。この人を嫌うような人がいるのかと。自分はかなり苛烈な性格をしているので、穏やかで思いやりのある性格の人は、人から好かれやすいと思っていた。

「こんなにいい人なのに」

「いい人って思ってくれてるんだ」

その言葉にジェイミーは少し照れてはにかんだ。

「私のことをあまり怒らないので、いい人だと思っています」

「怒られるのは嫌い?」

「嫌いです。腹が立つから」

カミラは手の中の瓶をギュッと握ってそう言った。

「ふふ、ぼくも悲しい気分になるから、怒られるのは嫌い」

「どうして他人に嫌われてるって思ってるんですか? そんな事無いと思いますよ。先生優しいし」

「いいや。ぼくはみんなに嫌われてるよ。それは間違いない」

 

なんでもないことを話すようなトーンで断言すると、ジェイミーは立ち上がってキッチンの方に歩いて行ってしまった。

沈黙がしばらく続き、話はここで打ち止めなのだなとカミラは思って、リビングを出て2階へ上がる。

今日は少し彼に踏み込みすぎたかもしれない。

すごい魔法が使えて、すごい魔法の理論を構築して本を出して、ちょっと頼りないときもあるけど、ジェイミーはとても優しい。人間性に難があるとは思えない。

やはり天才ゆえの孤独みたいなものがあるのだろうか。

周囲の理解を得られない経験をずっとしてきたカミラは、勝手にジェイミーへ親近感を募らせていた。

 

エルフのことも……彼のことももっと知ってみたい。たった今目の前で生きている人に興味が向くことは、自分の中でも稀なことだとカミラは自覚している。

手の中にある、瓶の内で液体が揺れた。

ジェイミー・スプラウトヴァージュとは一体、どんな人なんだろう。

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