第17話 ラルポスカルパン3
夜のスプラウトヴァージュ邸の庭は暗い。昼間は燦々ときらめいていた緑や、季節に色づいた色とりどりの葉も今は闇に呑まれてしまっている。
そんな中、ミラーボールの魔法であたりをピカピカ照らしながら、カミラとジェイミーは庭を歩いていた。
「万が一にも私が密猟者に負けるとは思わないんですが、仮に助けを呼ぶとしてですよ。サンドリーさんって強いんですか?」
「彼女、強いよ」
「ふーん……」
ジェイミーに強いと言わしめるのがなんとなく気に入らなくて、カミラは顰め面になる。
「魔法生物保護協会っていうのはね、どんな魔法生物や、妖精にも対応しないといけないから、技量の高い魔法使いしかなれないんだ」
「じゃあ、毎回密猟者捕まえてるんですね」
「毎回とは行かないけどね。前回は逃げられちゃったし。あと、人間よりも道理の通らない生きもののほうが危険だよ」
「害獣駆除のスペシャリストと近いものなのでしょうか」
「うーん、あくまで保護が目的だからね……。殺さずに捕まえるほうが難しい気がするな。捕まえた後も適切なところに運んであげるんだけどね」
「適切なところって?」
「地球側だと熊で例えたらわかりやすいかな。人里におりてきた子をもっと食料があって、のびのびと暮らせるような所に移してあげるんだ」
「ここは、のびのびと暮らせるような場所ではないんですか?」
「うちはウサギサボテンのシェルター? 養殖場所みたいな扱いだから、ちょっと違うんだよね。これから彼らが行くのは、もっと広い森の中や、砂漠地帯。緑を増やすお手伝いをしてもらうんだよ」
「へえ。そちらにも砂漠があるんですね」
「ラルポスカルパンは異界語で緑の来訪者っていうくらいだからさ。彼らが絶滅の危機に瀕するにつれて砂漠地帯も増えたんだ。この島は彼らの天敵が居ないから、繁殖をさせやすくてね。少しずつ数を増やして異界に送り返すんだよ。これを始めてから数十年はたったかなあ。まだまだ砂漠は減らないけど、地道にやっていくしかない」
真面目な顔をして答えるジェイミーは、うんと大人びて見えた。普段は見た目の通り子どもらしい柔らかな表情をしているが、こういった時は年季の入った顔つきになる。その表情が見えると、カミラは彼の育ってきた背景が気になるようになっていた。一体どうやって育って、どんな仕事をして、どんな世界を見てきたのだろうと。
「いい取り組みですね」
「環境問題って、1日で解決するようなものじゃないからさ。長命種の責務だよ。それにしても……」
ジェイミーはキョロキョロとあたりを見渡して困惑していた。いつもは居るはずのウサギサボテンの群れが、ここには居ないのである。
「捕獲されてしまったのでしょうか」
「うーん……それか西の畑の方に移動してるか……」
「フォリアリフトのいる森の近くですね」
「やっぱり群れの数が多くなると、縄張り争いをしはじめるからね。住処を拡大しちゃうんだ。困ったな」
二人が畑の方向へ歩を進めると、なにやら騒がしい物音がしていた。
ゴッ! ドン! ドカ! となにかが物にあたる音と、人間の悲鳴が聞こえる。
「急ごう!」
ジェイミー達は走って畑の方にやってきた。
ここは地球のかぼちゃやじゃがいもを植えている区画なので、背の高い植物は生えていない。人が立っていれば、まるわかりである。
「あっ!!」
カミラが指を指した方向。月光に照らされた一面のかぼちゃ畑のなかで、何十匹ものかぼちゃが男を攻撃していた。
「ふにゃう!にゃ!シャアアア!!!」
ボカボカと男に体当たりをし、ボールがいくつも高速で発射されているかのような衝撃音が辺りに響き渡っている。
そして、男の片手にはケージが握られていた。間違いなく密猟者である。
「この!やめろっ!!!クソ!」
どうやら彼を攻撃しているかぼちゃは生きものらしい。猫によく似た鳴き声で、体当たりをしていないものは、爪で引っ掻いたり、足に噛み付いたりしている。
よくよく見ると、オレンジ色のかぼちゃの葉っぱは猫の耳のようになっており、彼らには長い緑の尻尾も生えていた。
黒髪の男は杖で攻撃魔法を乱射しているようだったが、魔法は明後日の方向に飛んでいる。かぼちゃたちの方が素早く、当たっている様子は無い。数の差で猛勢だった。
ジェイミーはそれを見て叫ぶ。
「カボニャ!そいつ悪いやつだよ!やっつけて!!」
「にゃっ!!」
ジェイミーが声をかけると、カボニャと呼ばれた生きもの達の攻撃の苛烈さは増した。
彼らはこの畑の守番なのである。こうしてしっかりと働いてくれているというわけだ。
ひっかき、噛みつき、足に体当りし、向こう脛を蹴っ飛ばす。石を投げたり、男の顔に砂をまいているものもいた。
そして、近くの木から男の頭へ飛びついた個体の攻撃が見事にクリーンヒットし、男は地べたに情けなく倒れる。
かぼちゃ畑に、どさりと鈍い音が響き渡った。
そこにカミラがすかさず失神魔法を打ち込むと、紫の閃光が夜闇を駆け抜けバチンと音がする。男は防御する間もなく意識を失った。
カボニャたち数匹はその上に乗っかり、まだ追い打ちとばかりにドスドスと攻撃をした。きっと酷い打撲痕が身体に残ることだろう。
「カミラって魔法使うようになる前、射撃とかアーチェリーとか、なにかを飛ばして当てるようなスポーツやってたの?」
「クレー射撃は短い間ですが習っていました。すぐに飽きてやめてしまいましたけど」
「きみ、物凄く向いてるよ魔法に」
「恐縮です……」
ジェイミーに褒められたのが嬉しく、カミラは柔らかに微笑んだ。
「捕まえたほうが良いですか?」
「そうだね。畑のツルでぐるぐる巻きにしちゃおう。お願いしても良い?」
「喜んで」
カミラはかぼちゃ畑に杖を振って、かぼちゃのツルで男を何十にもぐるぐる巻きにする。ミイラのごとく巻いておけば、植物といえど簡単に脱出することは出来ないだろう。土埃が舞って、草の匂いと土の匂いがした。
カボニャと呼ばれた生き物たちは、男がぐるぐる巻きにされる様子を見て楽しそうにしている。
数匹が、カミラの足元にすり寄ってごろごろと喉を鳴らしていた。
彼らは見た目の通りかぼちゃのように硬く、これに体当たりをされていたかと思うと、とんだ災難だなとカミラは思った。
「ミ~……」
ウサギサボテン鳴き声がどこからかしているので、ジェイミーが男が倒れた付近を探すと、倒れた時に放り出されたケージが転がっていた。
その中には十数匹のウサギサボテンが放り込まれており、みなしくしくと怯えて泣いている。
「お~怖かったね。ごめんね。もう大丈夫だよ」
ジェイミーはケージをあけないまま、格子の隙間から指を差し込んだ。そうするとウサギサボテンたちは指に群がって「ミーミー」と泣く。
ここでウサギサボテンたちを出してしまえば、また他の誰かに捕まえられてしまうかもしれないから、出すわけにはいかない。
「しばらくその中に居てね。安全なところに連れて行くからね」
ケージを抱えて、ジェイミーは緑のミイラを作り終わり、カボニャを撫でているカミラに声をかける。
「1回本営に戻ろう」
「コレはどうするんです?」
カミラがぐるぐる巻きにした緑の塊を杖で指した。
「浮かせて持っていこう。サンドリーさんに改めて捕縛してもらった方がいい」
「はーい」
カミラが浮遊魔法で男の体を持ち上げると、巻き付いているツルの端がぷらぷらと揺れるのでカボニャたちは一生懸命それに飛びついた。
「にゃっにゃっ」
「これ。よさんか」
カボニャ達が飛びつけない所まで男を持ち上げると、彼らは不貞腐れた顔をして各々畑に戻っていった。
その後姿にジェイミーが「ありがとねー!」とお礼を言うと、カボニャたちは投げやりな声で、にゃんにゃんと返事をする。
「おいしそ……かわいい生きものですね」
「カボニャっていうんだ。畑の害獣駆除をしてくれてるんだよ」
「妖精ですか?」
「分類的には魔法生物かな」
「食べられたりするんですか?」
「聞いたことないな。多分食べられるような魔法生物じゃないよ。かぼちゃ好きなの?」
「はい。好物です」
他愛のない会話をしながら二人は畑を後にし、来た道を引き返す。魔法生物保護協会の人とは一度もすれ違わなかった。みんな一生懸命にウサギサボテンを探しているのだろう。
そんな時、ジェイミーの背後の木陰から閃光が瞬く。
カミラは完全に反射で防御魔法を展開しながら後ろを振り返った。浮遊魔法が解かれ、運んでいた男は地面にたたきつけられる。
「新手か!?」
そのまま暗闇から連続してで攻撃魔法を撃ち込まれる。
ガキン!バキン!と魔法がぶつかると、透明な防御壁にヒビが入ってしまう。かなりの強さの魔法だ。まずい。このままでは、流れ弾があたってしまう。
カミラの防御魔法の展開域が広くて助かっていたが、ジェイミーはその様子に驚いてほんの一瞬固まってしまった。
否、そう見えるだけで彼は頭を高速で回転させていた。
この場で彼女を守るためにはどうするべきか、何の魔法が最適なのか、ユアンからもらった指輪が自分の出力に耐えきることが出来るのか。そんな考えが頭の中を駆け巡っていた。
そして意を決したジェイミーは彼女をおしのけ、片手を銃を打つような形にすると「バン!」と言った。
この場で分が悪いのは自分たちのほうだ。開けた明るい場所に居て、敵のいる方向のほうが暗く障害物が多い。それならば、敵のいる方向から遮蔽物を撤去してしまえば良い。
指の先から緑の閃光が暗闇を駆け抜け、とてつもない旋風を巻き起こし木々を薙ぎ倒す。ジェイミーの魔法が通ったあとは、数メートルに渡って何も残らないほど、全てが木っ端微塵になっていた。空気中に散らばった木片や木の葉が地面にバラバラと激しい雨のように落ちる。
「お、おおおお……強く出しすぎた」
この指輪は魔力制御に一癖あり、出力の加減が難しい。あれだけの威力を出してしまえば、魔石が耐えられない。もうあと数回使ったらこの指輪は使い物にならなくなるだろう。
先程の魔法自体は敵には当たらなかったようで、しばらくしてまたこちらを伺うように魔法が飛んできた。
暗闇の中で光った方へカミラも攻撃魔法を連射する。
「先生は! 魔法ッ、 使わないで! あれ当たったら常人は砕け死にますよ!防御に徹してください!」
「わ、分かった!」
ジェイミーが防御壁を自分で張ったのを確認すると、カミラは自分の大きな杖に跨り浮遊する。
木の上まで高度をあげると、先程ジェイミーが木をなぎ倒したので1部視界が開けていた。
その先に人影を補足する。
「見つけた」
急激に高度を下げながら、魔法を撃ってきたであろう白髪の男に上空から貫通魔法を発射した。
暗闇の中、カミラの金色の髪が月明かりに反射して、靡いてきらめく。さながら流星のようだ。
相手はそれに気づき防御を展開するが、カミラの魔法は強い。防御障壁をうち破り数発が体に被弾した。男は苦しそうな呻き声を上げる。
これなら仕留められる。
そう思った瞬間、視界が真っ白になった。眩い光が当たりを照らす。
「うわっ!」
視界が奪われたカミラはバランスを崩し空中に放り投げられ、地面に不時着する。受身を取りながらゴロゴロと転がり、木にぶつかると体からどっと汗が出てきた。大丈夫。死んでない。背中を打って痛かったが、今は立ち上がらなければ。この隙に攻撃されたらおしまいだ。
片目を開け、素早く体勢を立て直しあたりを見渡すと、敵は既にいなかった。先程の光に乗じて逃げたのだろう。
「クソ……」
荒く呼吸をしながら舌打ちをする。
最初に確認した6人の男の誰でもなかった。別の密猟者か?
「カミラ! 大丈夫!?」
ジェイミーがバタバタと走りながらカミラの方に駆け寄ってくる。
「……大丈夫ですが、敵は取り逃しました」
「そんなのいいから! 怪我してない!?」
「擦り傷と打撲程度です。平気」
不貞腐れた声でそう返すと、カミラは転がって行く時に手放した杖をのそのそ拾いに行き手に取る。
「はあ……」
大きなため息が口から吐き出される。もっとジェイミーに良いところを見せたかったのである。
「もー! 急に飛ぶからびっくりしたよ!」
「すいません」
そんなやり取りをしていると、先程のジェイミーの魔法の轟音と閃光に気づいたサンドリーが慌ててやってきた。
「何があったの!? ふたりとも大丈夫!?」
カミラとジェイミーは顔を見合せて、「大丈夫」「無事だよ」と言った。
「この魔法、君たちがやったのかい? 俺の出る幕がなかったね……」
一部の空間がぽっかり空いた森を見てサンドリーは唖然とする。
「だから言ったでしょう。私たち、強いって」